――わしに似てもかみさんに似ても美人だろうよ。



・・・そんなことを言っていたなと。ふと、思い出す。



My friends"Necromancer"




つまらなさそうに―実際、男はたいそうつまらなかったのだが―爪でグラスのふちを弾いた。
薄暗い明かりの下、安いソファーに腰をかけ、だらりと身体を預けていた。

安っぽい酒が合う、安っぽい酒場だ。だが、それでも酒場というだけ上等なものだ。
今、この国は長い戦争で国力が低下し、それが市民の生活にまで影響している。

男は傭兵だった。若くはないが、年に見合うだけの貫禄と、年に似合わぬ隆々とした筋肉、蓄えた髭と眼光が男を物語っている。
本来このようなしけた末場の酒場など見向きもしない人物なのだが、彼を呼びつけた者はそんなことは微細も気にかけなかったらしい。

男が三杯ほどの質の悪い蒸留酒を空にしたあたりで、暢気に声をかけた。

「よぉ」

「おせえぞ」

「そういうな。どうせおめえ、暇だろうが」

「手前と一緒にするな、おれぁ忙しい身なんだよ」

「そいつあ奇遇だな。わしもあちこち引っ張りだこなんだよ」

親しげな会話を交わしながら、どっかりと腰を下ろしたのは男とそう年齢の変わらない壮年の男性だった。体躯もがっしりとした、傭兵である男とそう違わぬ雰囲気を持っていたが、その格好はどちらかといえば、文官のようであり、顔にかけたメガネの奥の瞳は深い知性を思わせた。

二人は数十年来の知己だった。

「んで、今や国抱えのお偉い死霊使い殿が一介の傭兵呼びつけるたぁ何事だ」

「いんや?お前さんが近くにいると聞いたから、会おうかと思っただけだぜ。マリアは元気か?」

「ったりめえだ。今は身ごもってる」

「よくやるなあ。わしが最後会ったときは、四人目が生まれたときだったか?ああそうだ、結局どうなった」

「・・・手前が余計な事言ったおかげで、一番手の負えねえガキに育ってるよ」

「そうか、そいつはよかった」

「なにがよかった、だ。阿呆が。なんで魔法の享受代とやらがあんなに高えんだよ。肥溜めに金投げた気分だ」

「阿呆はお前さんだ、無知めが。あんだけの才能を埋もれさせるのは世界に対しての冒涜だ」

「何が世界に対しての冒涜だ。おれに対しての冒涜だよ、糞くらえ」

下品な言葉遣いだったが、友人である彼は特に気にした様子はない。どちらかといえば会話を楽しんでいた。ひとしきり会話を終えると、本題を切り出した。

「お前さん、わしの記憶違いじゃなきゃ下弦の月の雨の生まれだよな?」

「知らん。ンなこと覚えてんのはお袋か、さもなきゃ産婆やった村の婆だ。今はどっちもくたばってるがな」

「そのはずだよ。その産婆の婆がいってたのを覚えている。ほれ」

男に投げられたのは、親指ほどの長さを持つ宝石だった。水晶のような形に削られており、ペンダントにでもするつもりだったのか、上部には銀の縁がぴたりと嵌っている。

「なんだ、こりゃ」

人差し指と親指でそれを挟むと、明かりに透かすように持ち上げて眺めた。

「赤曜石・・・違うな、おい、なんだこれ。中になんか入ってるのか?」

「死骸だ。金剛石に実体化した精霊の死骸を閉じ込めた」

ぎょっと男が目を丸くした。だが彼はあっけらかんとてをふる。

「害はねえよ。むしろ、その逆だ。わしら死霊使いの間じゃあ守り石みてえなもんだよ」

「だからって・・・おい、なんつうもんを・・・」

男のいいたい事を察したらしい。小さく鼻で笑うと、男の危惧を一笑に付した。

「ああ?精霊様はわしらの御身を守ってくださる天の御使いってやつか?冗談言うな。そんなのはな、ただの御託だ。精霊なんつう普通じゃ見えねえもんを、都合よく政治の道具にしちまった連中の世迷言だよ」

「・・・気味わりいなあ」

「まあ、お前さんの感覚じゃそう思うのかもな。だがな、そいつはお前さんにゃ合ってる。どうせ捨てるもんだったからやるよ」

「いらねえよ、こんなもん」

「そう言うな。これでも作るのに半年かけたんだ。それ一つで一生ぐらいは遊べるぐらいの金かけてんだ」

「売れよ。おれぁいらねえよ、こんな気味の悪い代物」

「売れねえよ。相性が合うやつじゃなきゃ持っててもただの呪いの道具だ。だからわざわざお前さんに渡したんだろうが」

呪いの道具、という言葉に男が難色を示した。元々、魔法だとか目に見えない不可思議なものはあまり好きではない性分なのである。

「・・・なに、心配すんなよ。お前さんが持ってる限り、そいつはお前の困難を救ってくれるよ。わしの手がけた傑作の一つだ、安心して持ってな。だが間違っても他のやつに渡すんじゃねえよ」

「気味が悪ぃな。おい、なんでそんな代物おれに寄越した」

「一年ほど前に結婚してな」

「・・・ああ、噂で聞いた。一回り以上年の離れた小娘だってな」

「一回りどころか、まだ十六でな。義両親よりもわしが年上だよ」

それが政略婚であることは、男も知っていた。魔法には詳しくないが、世情には聡い男である。国の中枢に入り込み、いまやこの国にとって欠かせなくなったこの死霊使いを引き入れたかったのであろう。

たとえそれが世にとって恐れと名高い"死霊使い"であっても、男が独身であった以上は、そういった者も当然いるのだ。そして、彼はそれを受け入れた。

「なんだ、手前のかみさんにやろうとでも思ったのか?」

だとすれば、相当な少女趣味である。無論そんなはずはなかろうと、嫌がらせのつもりで笑ってやったのに、彼から返ってきた返事は男の予想を上回るものだった。

「いんや、生まれる娘のためだ」

「・・・なんだって?」

耳を疑った。
思わず真顔になり、身を乗り出し再度尋ねると彼もまた真面目な顔で頷いた。

「子供だよ、今度女の子が生まれるんでな。その子の為にこうして守り石を作ってやろうと奮闘しとったのさ」

「・・・待て。それは、結婚したばかりの16の小娘との間にできた、手前の、ガキってことか?」

「そうだよ。それしかねえだろうが」

「・・・・・・相当な物好きだな。手前のかみさんは」

脱力した男には、それしかいえなかった。男も若い娘が嫌いというわけではないが、いくらなんでも二周り三回りも年の離れた娘に手は伸びない。

「ああ?そんなわけねえよ。最初の頃なんておろすって泣き喚いて仕方なかった。堕胎薬なんてもんにも手ぇ出しとってな、あんときゃ危なかった」

「・・・おい」

「心配するな。今は大人しいもんだよ。子供さえ無事に産んでくれたら、書類上だけの関係にすると約束したからな。わしは二度とかみさんにゃ触れんし、子供連れて家も離れる。決まった途端、笑顔で話しかけてきおった」

男が渋面になったのは当然の反応だった。男とて稼業上、男女間のトラブルを目の当たりにしている。どうこう口をはさむようなことはしなかったが、やはり好ましいものではなかった。

男も妻以外の女性と子供をもうけたことはあったが、決して無理強いをしたことはないし、嫌がる女を抱くような趣味もなかった。明らかな非難の色が混じったが、彼はさばけたものだった。

「星回り上、わしの子供を産むにはあの娘が丁度よかったんだよ。死霊使いは、性質上のろいと恨みを持ちやすい。だから子が欲しいのなら星回りと巡りを選んで、相性の良い女を口説いて強い子供を設けるのが一番いい。・・・まあ、口説くより先にできちまったわけだが」

順番を間違えた、とぼやく彼だが、特に後悔している様子もない。こういったところは、彼の性質なのか、それとも外道を生業とする死霊使いたる所以なのか、それとも両方なのか男には理解できなかった。

ただ、理解できる点があるとすれば、純粋に産まれてくる子供を祝福しているということだ。

「・・・で、こいつは失敗作ってやつか?」

子供にやれるものではないとすると、おのずと答えは導き出された。いやいや、と彼は首を横に振る。

「失敗作なんぞわしは作らんよ。そいつだってうまくできてるし、お前さんにはわからんだろうが、精霊の実体化なんぞ、精霊使いだっておいそれできる芸当じゃない。わしの娘が持てば最強の守り石だけどよ」

そこで、男も気が付いた。
まだ産まれてもいない子供を、彼が"娘"と呼んでいる事に。不自然なまでの断定に、彼ががっくりと肩を落とした。

「・・・てっきり男の子だと思ってたもんで、触媒に金剛石なんぞ使っちまったんだ。そうしたら、占い婆は下弦の月の雨の日に女の子が生まれるのを見たといいやがる。わかるだろ?女の子に金剛石はいけねえ。行かず後家になっちまうよ」

「あー・・・」

彼のいわんとすること察して、男も頭を掻いた。

それは、死霊使いというより彼らの故郷の国の風習だ。子供が生まれたのなら、男の子なら強い意志を抱くように小さな金剛石や赤鉄鉱の欠片を。女の子であれば優しく華やかにと紅玉髄や瑠璃といった石を生涯の守り石として贈る。

女の子へ金剛石や赤鉄鉱、黒曜石を与えれば、意思を強調し、強すぎる意思が将来を妨げ、婚期を逃すといわれている。

喜び勇んで宝石を用意し、さらには死霊使いといった職を最大限に生かした守り石を用意したまでは良かったが、肝心な所で間違えたのである。

白髪の混じる赤銅色の髪を思い切りかき回し、今は大急ぎで石の調達を宝石屋に頼んでいるのだと彼は言った。

「間に合うといいがなあ。子供はあと一月ちょいで産まれちまう」

「・・・そんなに急ぐもんだったか?」

男の記憶違いでなければ、特に性急に用意しなければならないというものでもない。そもそも生まれるまえに性別が判明するなど、それこそ稀である。ゆっくりと時間をかけて、良いものを仕上げれば良いと男はいいたかったのだが、それには彼が口をへの字に曲げた。

「あんまり好ましくはねえんだよなあ。最近、戦争を終わらせたがってる阿呆どもが意気込んでわしに突っかかってくる。そいつのあるなしじゃ娘の安全がまるで違うのさ」

これには男も押し黙った。傭兵だけあって、この国の事情はある程度は把握しているつもりだ。
彼がいわゆる過激派ということは男も知っている。だが、それも彼なりの事情というものだ。

「・・・国から離したらどうだ」

「それも考えたさ。だがな、わしの娘だ。わがままだが、わしはそばにいたい。あと半年なんだ。半年耐えれば、あの国は内部崩壊を起こす。そうすればこのくだらん争いも終わって、わしも報酬もらって、大手振ってこの国とおさらばできる」

「金か?」

「ああ。先立つもんがないとな」

それは彼の研究費というのもあるだろうし、一瞬どこか遠くを見た瞳は、おそらく新しく生まれる生命に対してのものなのだろう。

彼は根っからの死霊使いだ。その職業が生かされる場というのは、実は少ない。死霊使いは恐怖の代名詞の一つだ。いまさら生き方を変えられない彼と、その娘が穏やかな国で暮らすには、相応のものも必要だということだ。

「いい噂は聞こえてこねえ。金なら貸すぜ、ガキが生まれたらさっさと逃げるこった」

「そうだな。本格的にまずそうだったらそうするが、一応有能な弟子がいるからな。なんとかなるだろう」

「しかし、なんだ。手前の娘か。・・・・・・手前に似ないといいな」

「わしに似てもかみさんに似ても美人だろうよ。けどまあ、女の子は男親に似るっつうからな。わし似の美人だろうよ」

胸を持って断言する姿は、過去はよほどもてたと思われる彼の自身を伺わせる。それを知っているだけに、男はげんなりと彼の親ばか振りを眺めた。生まれる前からこれでは、実際娘を目の当たりにしてからが偲ばれる。

「まあ、適当にやれや。これもくれるというならもらってやるよ。マリアが礼を言いたがってた、暇になったら顔でも出せや」

「かまわんが・・・おい、お前さんの息子連中はどうにかしておけよ。あいつら、お前さんやマリアに似たのはいいが、女癖が悪そうだ」

「アホか」

心底あきれて、男はこう返したものだった。

それから、何を話したかは・・・実は、あまり覚えていない。実際は、このときの話すらも曖昧なものだ。ただ、彼が心底嬉しそうだったと、それだけは男も覚えている。

「またな、アルブレヒト」

それが二人の交わした、最後の挨拶だった。

三月後、男は彼の訃報を遠い地で耳にした。付随した不快な噂は男の裡にとどまる事はない。ただ、いなくなったということだけが男の中に長く残っていた。

遠い、いつかの光景を思い返していた男は、妻の呼び声によって現世へと意識を戻した。


「あんた、大事なもんだったのに簡単にあげちまってよかったのかい」

「大事になんかしてねえよ。あんなもん」

きっと、それでよかった。星回りとか、そんな言葉を男は信じない。けれど、こうするべきだったのだろう。

「ああ・・・確かに、似てたなあ」

つぶやいたのは、これっきりだった。
あとはただ、いつもどおり騒ぎを起こした息子を怒鳴り、思うままに一団の主として振舞う。

いつも首に下げていた硬質の感触に触れようとし、それがないことに気付いた男は一度だけ、苦笑した。








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