3日経った。

アリシアは相変わらず部屋から出ていない。正確には出してもらえない。

どうも自宅で紅が見つかっていたらしい。以前の事件との関わりを勘ぐられているのだ。日に何度も仕官がやってきては根掘り葉掘り質問を繰り返される生活で、同じ問答をしぶとく繰り返すことにも飽きてしまっていた。

外の状況が知りたい欲求は日増しに増幅している。もちろん、アリシアなら城から余裕で逃げ出せたのだが、余計な犯罪を犯すことはしなかった。

なにせ暇という事を除けば待遇は悪くないのだ。
滑らかなクリーム色を貴重とした部屋は質素だが品の良い調度品が置かれており、落ち着いた造りで気に入っていたし、意外だったのは仕官達の態度である。

居丈高な態度で気に食わない者もいたが、多くの者は礼節は忘れず、滞在においては不便がないように取り計らってくれていたのだ。その中でもロザリーという女性武官は特にアリシアに親切だった。


その日の夕方、いつもとは違う客人がアリシアの元へ来訪した。

案内役の仕官の後ろに立つ人物を認めると、意外な顔をした。見知らぬ女性と老人を従えているが、間違いなくサカズキである。

目前に立つと、なんとも微妙な表情で首を持ち上げまじまじと見つめた。腕を組み、数秒考えたあとひとまず差し出された手を取った。

よくわからない道を通ると、いつの間にか城の裏手にたどり着いた。
仕官が礼をとり去っていくと、改めてアリシアが切り出した。

「どういうことになってるんですか?」

「正攻法で釈放したということだ。だが苦労させられた、一体何をしでかしていたのか聞いてみたいがな、何故か随分渋られた」

「さあ、なんででしょうか・・・ところで似合いませんね」

「社会には時に形から入らなければならんこともあるのでね」

今のサカズキは見慣れた白シャツと黒ズボン、膝下まである黒い上着を羽織った装いとは違った。
上質な生地で作られた上流階級の男性が身につける一揃えを身にまとい、髪も撫でつけ後ろで一くくりにしている。すこぶる風采の立派な、一角の人物を思わせたのだがアリシアはばっさり切り捨てた。

かくいうアリシアも、城に服を持ってきていたわけではないのでドレスを借りている。簡素だが細かな意匠が施されており、最高級の衣裳だった。両者見た目だけなら上流階級の人々なのだが、中身はまったく違っている。

「ひとまずホテルだな。状況を知りたいだろう」

「お願いします」

御者は老人が勤めた。ミトという名だと紹介された。
六十前後だろう。白い頬ひげを生やしており、額ははげ上がっていた。顔には深い皺が刻まれているが、がっしりとした体格で老け込んだ印象は与えない。

つつましく後ろで会話を聞いていた女性はニーナと言う。二十歳前後程の、艶やかな茶髪を腰まで揺らした人で、きらきらと光った意志の強そうな黒い瞳が印象的だった。

馬車に乗り込む前に、小走りでやってきたユージェニーに呼び止められた。

「ああー。よかった、間に合わないかと思いましたよ。お元気そうでなによりです、何日も拘束してすいませんね」

「こちらこそご迷惑おかけしました」

「いいえー。そんなことないですよ、アリシアさんは一応白ですもんねえ。探っても何もでないのに連中が迷惑かけました」

にこやかに告げながらも一応、だとか付け加えられるのは意図的としか思えない。

「これ没収されてたアリシアさんのです。いやあ、ほんとびっくりしちゃいました、以前見かけた犯人のものとそっくりですね」

「まあ、ご丁寧にありがとうございます」

「証拠不十分なだけですから、気にしないでください。ところで商会の方ともなると珍しい一品もお持ちなんですね。自分はそんな剣をはじめてみました」

「私もそうだと思います。とても遠い国の一品ですから」

そばかすの愛嬌ある顔立ちが悪魔にしか連想できなくなってくるが、アリシアもさらりと無視すると何食わぬ顔で紅を受け取った。あのとき、抜け出した件についてばれていないらしい。

にこやかな、だが決して軽やかではない笑みを交し合っていたのだが、ふとユージェニーが表情を変えた。

「どちらに行かれるかは知りませんが、ルーカス殿には会っといてください。あの人、あなたのこと心配してましたから」

「はい、あとでお礼に行くつもりです」

「そうしてください。あの時のルーカス殿はそりゃもう・・・っと。・・・自宅はまだ片してません。入れるようにしておきますけど、人の出入りがあるのはどうしようもないんで勘弁してくださいね」

そばかすの青年武官に見送られ馬車が動き出すと、アリシアの刀の話になった。とりわけ興味をしめしたのは女性のほうで、身を乗り出すとへぇ〜と声をあげると大人びた顔立ちが幼くなった。

「ね、ね、アリシアだっけ。触らしてもらってもいい?抜いたりしないからさ」

「え?ああ、どうぞ」

「やった!ありがとう」

手に取るとくるくると表情を変えながら、角度を変え紅を観察し始める。

「すごーい。あたし、首領以外の人の刀ってはじめてみた。なんかすっごい豪華じゃない?」

「刀は個体に寄りけりだからな。同じものはないだろう。・・・ああ、驚くことはない。ニーナは知っている」

ニーナが刀の事を知っていたのが意外で、驚いているとサカズキが教えてくれた。

「あたしだけじゃなくてミト爺もそうだよ、あたしらって大体が首領に命拾われたりしててね。付き合いが長いんだ。だから隠さなくったっていいよ。あんた、あたしと同い年ぐらいなんでしょ?仲良くやろうね」

冷たい印象を与えがちな見た目に反し、素朴で明るいタイプらしい。
短い道中を経て着いたのは大通りをやや端にそれた場所に広々と土地を取ったホテルだった。外からはこんもりと茂った木々に囲まれ、中が見えにくい作りとなっている。

外からの観光客はここがホテルだと知らない場合も多い。値段も高く、一見の客も受け付けないという特異なホテルなのである。

アリシアも重厚な外観だけしか知らなかったのだが、門を潜ると雰囲気は一変した。
広い中庭には客を楽しませるための趣向を凝らされた庭となっており、花壇や生け垣で季節に合わせた花を咲かすよう計算されている。中央では噴水がすずやかな音を立てていた。

従業員の挙動も洗練されており、入り口に立っていた従業員はサカズキ達をうやうやしく出迎えた。外部がそうであれば、内部もまた見合うだけの超一流の出来栄えである。

3階の奥の部屋に入ると、広い応接間になっており、そこには五、六人ほどが待ち構えていた。年齢も格好も様々である。普通の市民のような人もいれば、商人風の人もいる。小奇麗な衣装に身を包んだ貴族の人物もいた。

だが皆共通していたのは、サカズキの姿を認めると「おかえり」と親しみのある笑顔で出迎えたことだ。
全員商会に属している、サカズキの部下なのだとニーナに教えられた。

「まだ街に散らばってるけどね。あたしドネヴィアってはじめてなんだけど、ほんと魔法技術凄いのね。魔法使いがわんさかいるんだもん、花の明かりとか何の冗談かと思った」

「それはうちの学校総長の趣味が元ですね」

「そうなの!?」

「なんでも昔、火の明かりが頼りないって作ったら、当時の陛下に売ってくれといわれて、技術ごと差し上げたそうです」

「うっそー!あげちゃったの?タダで?っていうかなんで作れたのよ」

「あのお方は、とても凄いんですが・・・のんびりとされてますから」

「なんつーか、変わってるわ。あたしだったら高くで売る」

改めて椅子に座ると、現在の状況を説明された。

まずアリシア。思いのほか手続きに時間がかかるらしく、サカズキの部下だという事にして釈放を促したらしい。ユージェニーの言っていた「商会の方ともなると」という意味合いはこれだったのだ。

そのサカズキだが、部下も収集したことから判明している通り、商会へジェイの離反や彼について報告、告発をしたという。キメラという目撃証言も多発していたことから、ドネヴィア国への協力依頼も商会から正式に発行された。

ブナンザ商会はあくまで一組織に過ぎないが、大商会という名は伊達ではなく、多国家に対して経済的効果を握っている組織である。その影響力たるや国としては無視できない所にまで上り詰めている。

そのため身元不明のサカズキの地位は擁護され、また彼に属するアリシアにもドネヴィアは手出しできなくなったということらしかった。

「商会の連中は押さえたのだが、ジェイがまだ見つからん。イズルートもだ」

まったく音沙汰無しらしい。ドネヴィア側にも探らせているらしいが、ジェイとつながりのある人物にも動きがないらしい。

「つながりって、誰です?」

「ロドリグ・カッセル。君の同僚だ」

「カッセル先生?」

「知ってるか?」

「同じ学年担当ですから当然です」

「そうか、なら話は早い」

彼の研究課題の協力者がジェイなのだと聞かされた。ミトから課題の内容資料を渡され、目を通すと「人を超越した、人形兵士」の項目に拍子抜けした顔になった。おかげでジェイの目的がわかった気がしたが、呆れ顔は隠せない。

「もしかしてその人形の対象って、私達ですか」

「正確には肉体だろうが、間違いなかろう」

うわあ、と本気で顔をしかめた。イズルートではないが勝手に対象にされた側としてなんとも不愉快かつ身勝手な話である。

「学校には入ることは責任者に拒否された。任せていいか」

「ええ、そちらは見ましょう」

それこそアリシアが見るべきだ。もし部外者でも入れて気付かれた場合、もしかしたら子供らに危険が及ぶかもしれない。
結界もあるとはいえ慎重になるにこしたことはなかった。貴族風の装いをした青年がキメラについても教えてくれた。

「キメラは様々な獣の集合体なんですが、さらに殿下の血も加えて強化しているらしいです。資料を見れば回復、力共に通常のキメラよりも数段優れており、相当量が生産ラインに乗っている。数が多いので狭い場所には潜伏できないと思われますが、彼が見つかった際はそのキメラも出てくるはずです」

「で、どちらかがそのキメラ退治ということですね」

「そそ。あたしたちじゃあれ一体でも、時間食っちゃうからね。首領かアリシアがいてくれたらやり易いわ」

イズルートと対峙した場合、一人は少年相手に集中せねばなるまい。だがその間キメラも出てくるはずである。
ドネヴィアがどのくらいの人数を出してくれるのかばわからないが、対処しきれない可能性も考慮しなくてはならない。そうなると最悪ジェイを逃がす可能性も出てくるのだ。

一通りの打ち合わせを済ませると、ホテルの一室を提供すると言われたのだが丁重に断った。

「学校に戻るためにも総長にも挨拶しておかないといけませんから・・・。ひとまず家に帰ってそれから決めます。改めて連絡しますから、ひとまずはこれで。・・・・・・・・・あ。すみません、普通の服ってないですか、これ帰りづらくて」

と、変装用に置いてあるという服を一揃えもらい着替えた。ドレスはニーナが欲しがっていたので彼女らに提供する事となる。ついでに上質ななめし皮で作られた剣帯も貰い、刀も下げた。

アリシアは美しいと形容するよりは、柔和な可憐さを持った女性だ。
剣などといった武具は似合わないように感じるのだが、紅だけは違っていた。絢爛豪華も過ぎた刀だがアリシアの傍らにある分には、何故か自然につり合っているのである。

自宅への道中考えていたのはイズルートのことだった。サカズキとは話さなかったが、アリシアは諦め切れなかったのである。

だが具体的にどうしたら良いのかわからない。策もなしに挑むなど無謀だし、せめて今のイズルートを知るための手がかりさえあるのなら、サカズキにも相談ができる。

「・・・・・・あの子、手を焼かせますね」

使命感でも、仇なんて大層なものでもない。
ただアリシアは悔しいと感じ、同時に惜しいと考えたのだ。

前者はグ・ナーハの弟を想っていた優しいまなざしに。後者は少年の見せた年相応の笑顔を失くすことに。だが次の瞬間、思考は途中で遮られた。


取り戻した彼女の感覚は、間違えることなく正確に少年を捉えていた。




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アリシアの自宅をうかがえる場所で、こっそりとハーウェイとイルニア。それにヨアヒムが様子を伺っていた。

「誰もいませんわね。さ、参りましょう」

「おう」

「はい」

調査官がいないことを確かめると、そろそろと家に侵入したのである。三人とも学校が終わると、執行部をサボり帰ったのである。ブラウディ家は数日前同様、修復されておらずボロボロのままで維持されていた。

「どうだ?」

「二階も誰もいませんわ」

「こっちもいません」

「そっか。ネヴィルたちはどうだろうな」

「良い結果があったとは思えませんけれどね」

「んだよ。お前だって探す事には反対しなかったじゃんか」

「夢見が悪かったら反対してました。仮にハーウェイさんたちのお話が本当なら、殿下が見つかっても対処しようがないと思いますけれど」

「イルニア、疑ってんのか?」

「いいえ。ハーウェイさんたちはそんな器用な人たちじゃありませんもの。わたくしの性格の問題です」

「先輩、先生の家は?」

「・・・一応見ておくか」

執行部の面々は、この数日間イズルートの行方を探しているのだ。
目撃していた四人からあの日の話は全員に伝わっている。周囲から固く口止めされており、大人しくしていろと念押しまでされたのだが、従う少年少女ではなかった。

「ダチの危機には手ぇかしてやんなきゃ、男がすたるからな」

「あら心外。女もいますわ」

「僕も入ってる?」

「入ってる。入ってるけど、そこはもうちょっと俺の台詞を立てようぜ」

力なくうなだれ、庭を経由してアリシアの家へと進んだ。

「やっぱすごいなーこの壊れか・・・」

「ハーウェイさん?」

「先輩?」

動きを止めたハーウェイに、イルニアとヨアヒムが後ろから中を覗き見て固まった。


家の中でぼうっと、床の一点を見つめる少年がいる。
ハーウェイ達からは横顔しか望めないが、少なくともその表情には前に垣間見た残虐性も、見知った明るい笑顔もない。

「イズ」

「・・・いたのか」

「・・・お前なにしてんの?」

少年と会った日からそうしていたように話しかける。イズルートは困ったように視線を泳がせ頬を掻いた。

「ん。なんだろうな。ハーウェイ達こそなにをしてたんだ。ここは立ち入り禁止だろう」

「決まってるだろ、お前を探してたんだよ」

予想外の答えだったらしい、イズルートは驚いたようだった。くしゃりと歪んだ顔は、くすぐったそうで嬉しそうなのに、泣き顔にも似ているとヨアヒムが感想を抱いた。

「そう、か」

「なあ、どこにいってたかわかんねえけど、帰ろうぜ。みんな心配してる」

「みんな?・・・みんなって誰だ」

からかい気味の声には自嘲も混ざっていたのかもしれない。あることに気付いたハーウェイがつい口をつぐんだ。イズルートの立っている位置は、記憶違いでなければあの商人が命を落とした場所ではなかっただろうか。
言葉をうしなったハーウェイの代わりに、ヨアヒムが一歩進み出た。

「先輩たちみんなが、です」

「・・・」

「大人がみんな関わるなって言ったのに、事情があるんだって先輩たち必死に探して、あちこち駆け回ってました」

後輩に負けてられないと思ったのかハーウェイも前に進んだが、何故かイルニアは困惑しイズルートを見つめている。そんなイルニアにイズルートも気付いたようで、スッと瞳孔を細めた。

「行こうぜ」

「・・・やっぱり、いいやつらだ」

嬉しそうな言葉とは裏腹にイズルートは置いてあった短剣を取り、気付いたときにはハーウェイの目前に立っていた。

腕を深く斬られただけですんだのは、とっさにイルニアが青年の体を引いていたからだった。
勢いが余りすぎて、揃って尻餅をついた二人を悠々とイズルートが見下ろした。

「おまえっ・・・!」

「・・・抵抗しないほうがいいと思う。あまり苦しめたくないから」

淡々とした口調と幽鬼のような表情は、偽りではないのだと背筋を凍らせた。キメラと相対したときとは違う空恐ろしさが二人の体を硬直させたが、目前に飛び込んできたのは、真横からイズルートに掴みかかった後輩の姿だった。

「ヨアヒム!」

「早くっ!」

適うはずはないのに、全身をつかって飛び掛ったヨアヒムの突進にハーウェイが硬直を解いた。
イズルートはわずらわしそうに腕を一振りしただけだった。

眼鏡が飛び、ヨアヒムの体がボールのようにごろごろと地面を転がった。イズルートが短剣を逆手に持ち替える。先にヨアヒムからと思ったのかもしれないが、弾け飛んだハーウェイが背中から抑えかかっていた。

「ハーウェイさん!」

地面から投げ落とされたハーウェイとイルニアの悲鳴は同時だった。

直後、ヨアヒムの横を一陣の疾風が通り過ぎた。





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