いったいどこから入ったのだろうか。
イズルートがジェイの姿を認めると、ジェイも気付いたらしい。アリシアも目が合ったが、覚えたのは強烈な不快感だった。


違う。


サカズキも気付いているようだった。彼の場合、今のアリシアよりもさらにその重みが深いのだろう。はっきりと顔を顰め、不愉快さを露に腰元の刀に手をかけた。

「アリシアさん?」

腕を掴み、彼らに歩み寄ろうとしたグ・ナーハを止めた。その理由はイズルートの手元にある。
青い鞘。銀の糸で細工を施された一振りに釘付けとなっていた。

「サカズキ」

「わかっている。刀を取れ、場合によってはアレだけでは済まんかもしれん」

緊張感漂う空気に周囲も気付き始めた。突如入ってきた大男が押し隠しもしない重圧をかけているのだ。特にルーカスはサカズキが姿を現した時点で警戒している。

「・・・どうしたんだ?二人とも」

不思議そうにイズルートが家の中に入ってくる。ジェイは動かないが、彼の近くにはジーンやハーウェイ達がいる。グ・ナーハの腕を引っ張り、刀を仕舞い込んである棚の近くへと移動した。

この場で紅を出す事は本位ではないが、サカズキの台詞から見てもそうは言ってられない状況らしい。今のアリシアではどのくらいやれるかはわからないが、ジーンたちの安全を優先しなくてはならない。

サカズキもそのぐらいは考慮してくれるだろうと・・・

「ジェイ」

訂正。
寒気を襲う呪詛に似た一言は、周囲の温度を一気に氷点下まで下げた。
平静を装っていただけで、アリシアの予想を上回る勢いでサカズキは怒っている。

サカズキとジェイの二人。中間地点でイズルートの足がぴたりと止まった。サカズキの威圧に当てられたらしいが、ジェイは平然としている。それどころか表情一つ変えていない。

異常に気付いたゲーツェがジェイから子供たちを引き離し、双子の家の中に避難した。目をくれず、ジェイはわずかに微笑を一つこぼすと、両手をポケットにいれたまま家の中に踏み込んだ。

「どうした?」

「とぼけるな。道中寄越した忌々しい獣どもはお前の仕業だな」

「獣・・・」

「イズルートの血だな」

「ふむ」

ぴくりと器用にジェイの片眉だけが上げられた。一見変哲のない面差しだが、すでに彼らとジェイの間には隔たりがある。瞳はガラス玉のようであり、顔面は仮面のようであった。

間に挟まれたイズルートはおろおろと二人を見比べている。一番の当事者であるはずが、誰よりも事態の把握をできていない。というより、できるようにされてない。

「これは・・・やはり私の分が悪いか」

「ジェイさん?」

「悪いなグ・ナーハ」

ジェイの発言は、サカズキの答えを肯定していた。変わらぬ表情で、静かにグ・ナーハを見つめている。

「お前の事は好きだった。信じてはもらえんかも知れんが本当だ、私のような人間に対等に付き合ってくれた馬鹿はお前だけだったよ。いつか話したな?私には夢があると。これがその結果だ。己の意思を示し、己の生を肯定するための、私の選択した"在り方"だ」

踵を返す。
その無防備な背中に、たった一歩で距離を詰めた捉える切る事は不可能であろう一振りが振り下ろされ、肉を裂く音が響き渡った。

「悪いな。代わりはまだいる」

朗々とした声は狙われていたはずのジェイだった。彼のいた場所に獣と人を混合させた獣がいる。顔は人に似ている、二足立ちをしているが身体は短い毛が生え全体を覆っている獣の体で、太い尾が生えていた。身の丈はサカズキと同等かそれ以上。

その獣が肩から腹までばっさりと刀に斬りこまれながら、鋭い瞳でサカズキを睨んでいた。

「合成獣・・・キメラか――!」

叫んだ声はルーカスだったか。
それを皮切りに、翼の音があたりに響き渡る。

ガラスの割れる音。庭に降り立ったのは四体、それぞれ姿は似ているが、所々に魚の鱗を持っていたり、顔が牛に似ていたりと特徴が違う。

「結界を張れ!」

ルーカスがゲーツェに叫んだが、老人もまた魔力の残滓を周囲に纏いながら、すでに箇所を限定した結界を編み出している。彼の周りにはイオや、少女を抱いたネリィがいる。

「き、気持ち悪い。なによこれ・・・ハーウェイ!」

「おっさんが合成獣つってただろ、禁忌指定だよ!」

四体の内二体がアリシアの家へ、一体を庭でルーカスが、一体が彼らと退治していた。
そのブラウディ家では、三人の少年少女が、老人と少女たちを守るように立ちはだかっている。

「でけええ」

「わかりきってる感想はいいから」

「ネヴィル、こういう時に冷静な突っ込みはやめようぜ」

「・・・食べれるかしら?」

「俺食わないからな!」

「同感」


腕をひとつ振るだけで、彼らの体など簡単に吹き飛ばせそうな太さだ。頭には二本の角、雄牛の面と人の体をもったキメラは、血走った目を走らせ荒い息をつきながら、巨体を揺らした。

失神してしまいそうな恐ろしさだが、三人は額に汗流しつつも軽口は絶やさなかった。

各々が格納している武器が呼び出される。ハーウェイは三叉に分かれている槍だが、ネヴィルは本来の獲物とは違う片手剣だった。室内では振り回しにくいということだろう。

「逃げ場がねえな・・・ジーン、お前補助。俺とネヴィルが前衛な。ネリィはイオに何もきかせんな。・・・イルニアの忠告聞いとけばよかったな」

「・・・なんて?」

「怪我するから外出は控えろってよ」

「早く言いなさいよ」

「まったくだ」

「のんきな事言ってないで!!」

悲鳴に近いネリィの叫びに、槍を肩に抱え「さて」とハーウェイが不敵に笑った。彼らにしてみれば突然はじまった戦闘であり、状況の把握ができないが、さし当たっては殺されるかもしれないというものだけは理解できている。

品定めをするようなキメラの挙動は恐ろしいが、死ぬ気はしていない。なぜなら庭には彼らの師がいて、そばには稀有な精霊使い、なにより気心知れた味方も二人いる。ジーンとネヴィルもきっと同様だろう。だからこんな軽口に付き合えるのだ。

とりあえずは時間稼ぎだけすれば良いが・・・。

「倒したほうが格好いいな。行くぜ二人とも」

その感想すら二人も同様だろう。友達とは良いものだ。


力任せに振り下ろされた右腕が、轟音と共に床の材木ごとぶち抜いた。腕は傷一つなく、皮膚の厚さはとがった木材程度はもろともしない。

ネヴィルがぎりぎりの距離でかわしていたが、左腕が逃がすまいと伸ばされ、肉薄した所で背後からハーウェイが踏み出し、後頭部に突起がのめり込んだ。

頭蓋骨が砕ける音と、確かな手ごたえだったのだが。

キメラは雄たけびを上げて、ネヴィルへと伸ばしていた腕を、背後へと無作為に振るったが、ネヴィルによって食い止められた。

効いていないのではない。
抜かれた刺し傷から肉が再生していく様を見て、異様な生命力があるのだとハーウェイが見抜いた。

「再生が半端ねえ!首おとせっ」

「了解」

「ネヴィル、右に避けて」

次の瞬間キメラの両目には、ジーンが放った電撃を纏った矢が突き刺さっていた。

刺さったものを抜こうとしたらしい、立ち上がり奇声をあげながら両目の場所を指がうごめくが、実体ではなく幻影に雷を帯びたものだ。かするばかりで未だ電気を帯び、継続的なダメージを与えている。

その隙に、ジーンがハーウェイへ術を紡ぎだした。魔力を流し、一時的な人体強化を促す。他者への場合、人体の把握をしていないと限度が掴みにくく、間違えば崩壊を招きかねない"強化"だが、この三人に限っては互いを熟知している。

普通の教師に知られれば怒られる「遊び」だったが、ルーカスは見逃しこっそりとコツを教えていた。

「頭は弱い・・・っなぁ!!」

ハーウェイの三叉の槍が、突進と共に加速を伴って獣の片膝を貫いた。先とは違い、強化された筋力と槍に帯びた魔力が合わさり、肉を裂いていく。

間に合わない再生とのしかかる体重にを支えきれず、獣がバランスを崩し片膝をつきうなだれる。

「ネヴィル!!」

ジーンの合図に二階に駆け上がっていたネヴィルが、目標めがけて降下する。広いとはいえ、あくまでここは室内。足りない速度と距離分を補うために階段を上がっていた。

渾身の力を込めて振り下ろした刃は硬い皮膚をすり抜け、首の中心部を根元まで貫いた。肩に着地したネヴィルが剣を媒体に魔力を流し込むと、中心部から肉が真横に裂け爆発が起こった。

血飛沫が周囲に飛び散っていく。最後までイオを抱きかかえ、少女の目と耳をふさいでいたネリィが目をそむけた。

埃と共に倒れこむ巨躯にハーウェイが胸をなでおろしたが、倒れた筈のキメラの腕にぎょっと目を剥いた。

「ちょ・・・!待て、終わってないぞこれっ」

首と足を失っているのに、腕が立ち上がろうと巨躯を支えている。尋常でない再生に三人とも身構えたが、

「ごめん。時間かかったね」

済まなさそうな声が降りかかり、キメラの巨躯が空気の箱に仕舞われた。
そうとしか表現しようがない。空中に浮いている四角い箱のような中に、蠢くキメラの肉体が入っているのだ。

結界から出ていたゲーツェがもう一度ごめん、と三人に謝罪した。戦わせてしまったことに罪悪感を抱いているのだろう。

「・・・ちょっと交渉に時間がかかってた。僕、あんまり攻撃手段に精霊を使わないから嫌がる子が多くて。・・・ああ、目を閉じていなさい。子供が見ていいものではないから」

パン、とゲーツェが両手を叩いた。
目を覆いたくなるような光景だった。再生しはじめていた首が苦しみだしたかと思うと、途端血液を飛び散らせ、内側からバラバラになったのだ。

ネリィは目を瞑っていたので問題なかったが、ジーンは口元を押さえた。ネヴィルやハーウェイも生々しい臓物に青ざめたが、ジーンほどではなかったらしい。

「中の空気抜いたのか?総長」

「死なないみたいだからね。あとは燃やして終わり」

再生が追いつかないよう、中を真空状態にし、徹底的にキメラを破壊したのだ。その上残骸は焼き払い、塵も残さないつもりらしい。

「イオ君は僕とネリィ君が看るから行きなさい。ルーカスも向こうにいるから」

「そうだ、イズは」

ネヴィルの叫びに、三人とも慌てて庭へ飛び出した。

「うお」と声を上げたのはハーウェイだ。庭の真ん中にキメラらしき物体が所々穴だらけになりながら、煙を噴出し伏していた。動く気配はまったくなく絶命している。一瞥するとアリシアの家に上がりこもうとし・・・絶句した。

あたり一面、壁まで血の海だった。
その所々に散る肉塊の部位の判別が付かないのは、まるで細切れにされたかのように小さかったからだ。
むせ返る血の匂いは熱気を伴い、気分を害させる。

その中心部には黒い刀を持った、白髪の男と銃を構えるルーカスがいる。銃口は白髪の男へと向かっていた。

彼らからは後姿となってルーカスの表情は見ることが叶わない。だが、間違っても友好的ではない。
溢れる殺気に一歩踏み込む事さえ躊躇わせたが、呆然と立ち尽くすイズルートを発見すると、構わず駆け上がった。

「その子から離れなさい!!」

叫び留めたのはアリシアだった。怪我はないらしいが、彼らを止めんとする表情には緊張と危機感を孕んでいる。隣ではグ・ナーハが血の匂いにむせ返っていた。

「せ、先生、でも」

「今は離れなさいっ・・・サカズキも、今の状況が分かってるでしょう!イズルートをどうにかしなさいっ」

「かまわんが、この男をどうにかしてもらいたい」

「・・・その人は大丈夫だから。イズルートを早く診て」

ぬるりとした血海に足を浸しながら間に割り込み、銃を持つルーカスの腕をそっと掴んだ。一言二言何か喋ったらしい。ネヴィルたちには聞き取れなかったのだが、ルーカスはそれで銃を下ろしていた。

それを見届けるとサカズキも警戒を解く。



アリシア一人が、厳しい面持ちでサカズキとイズルートを見つめていた。









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