「わたしとお父さん、ちゃんと親子に見える?」









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盛大に誤解をされている。



「だからっ・・・!だからあたくしを避けてたのっ!?」

「いや、そういう話じゃないから・・・イーグレット」

「言い訳なんて聞きたくありませんっ・・・!あたっ・・・あたくしのほうが・・・ぐすっ、ずっとあなたの事を・・・・・・っ!」


アリシアはソファに座りながら、二人の会話をぼーっと眺めていた。

あれからイーグレットをルーカスの家まで連れてきたのはいいものの、万事この調子である。
週末なのでイオが待っていたのだが、少女はネヴィルの所に連れて行った。

情操教育上、これから起こる会話を聞かせるわけにはいくまいとした配慮だったが、イーグレットも思うところはあったのだろう、イオが去るまで落ち着きをなくすことはなかった。

できればアリシアもそのまま帰りたかったのだが、

「お待ちなさい!あなたにも話があってよ!!」

とイーグレットの剣呑な表情で留められたため、こうして待っている。
誤解される原因を作った自分も悪いので、大人しく待ってはいるがイーグレットの叫びは納まる所をしらず、それどころかヒートアップしている。

誤解を解こうにも右から左のようで、ルーカスも困窮していた。当のアリシアは会話に混ざることもできず、争う二人の間に挟まるようにソファーにおさまっている。

「・・・あなたがあんな風に微笑まれるのなんて・・・あたくしもう何年も・・・」

灰色の瞳にうっすらと涙が浮かぶと、滑らかな頬を伝い落ちた。場違いかもしれないが、それは本当に悲しみと嘆きに満ちていた。
同性のアリシアでも綺麗だと心底みとれたほどである。

だが次の瞬間にはきっと悲しみを怒りにかえ、アリシアを指差したのである。

「納得いきません!何故あたくしではなく、この人を選ばれたのっ!」


今更のようだが、公園の一件からアリシアがルーカスの恋人だと誤解されている。


だが美女の涙にも、ルーカスは微塵も心が揺るがされることはなかった。

アリシアもなのだが、はじめの頃こそイーグレットの登場に頭を抱えたくなったのだが、人間不思議なものでイーグレットが激情に駆られれば駆られる程、頭は逆に冷え、冷静に彼女を見ることができたのである。

頭痛を堪える面持ちで、何度繰り返したかわからない台詞をもう一度伝える。

「誤解だっていってるだろうが。その人はただの同僚。加えて俺はお前と一緒になる気はないの。何度も言わせるな」

「嘘おっしゃい!!あなたを見てきたあたくしに、わからないと思ってるの!!」

「おおいにわかってないだろう・・・」

激しさをはらむ吐露に、げんなりと肩をおろす。

「彼女は関係ない。変な誤解をされても困るし、お前の御託に付き合ってる暇はないんだよ」

「よくもそんな嘘を堂々と・・・」

ギロリと凶悪な牙が剥かれる。はっきりいって怖い。

なまじ顔が整っているだけに、鬼と化したイーグレットの形相は末恐ろしいものがある。大の男もたまらず逃げ出す激怒振りだった。

これではいけないと勇気を出して立ち上がる。男女の関係に口を挟む事は古来より厄介ごとでしかないのだが、この状況を打開するには話をするしかない。

一気に注目を集めるが、片手を握り締め、深呼吸をするとイーグレットに向き合った。

「あの、誤解する言動した私が悪かったので話を聞いてくださると・・・」

「黙ってらっしゃい!!あなたとはあとで話があると言ったでしょう!!」

「はい。すみません」

げに恐ろしきは女のヒステリー。たまらずソファーに座りなおす。

ルーカスは一応イーグレットの話を聞いているが、甲高い声に段々と顔を顰めるようになってきている。苛立ちを隠せなくなってきているようだ。
ルーカスは何度も応えることはできないと拒絶しているが、なにか意地のようにかぶりを振るだけだった。

「だからな、なんでそう話を聞かない・・・何年いわせればわかるんだ。俺はね、お前の事好きじゃないの、だから結婚なんてしたくないし」

「いいえっ!お姉様よりも、あたくしのほうがずっと上でした、あなただけ見ていたんです!お姉様と一緒になったのに、あたくしが無理なわけありません!」

「俺はお前の理屈が理解できないね・・・大体な、イーグレット・・・自分の姉のことどういう風に思ってたんだ?」

「・・・・・・うそは言ってません」

がらりと低音になり、ルーカスの表が厳しく引き締まると、イーグレットが当惑し一歩下がった。ルーカスの双眸は怒りを隠さず、場が濃密な沈黙に包まれる。

「あいつはイオの母親だ。それ以上、俺の前でなにか言うつもりならどうなるかわからんぞ。それに・・・いい加減にしておけよ?一団のことがあろうが、度が過ぎれば痛手を負うぞ」

「・・・・・・」

隠していた威圧に負けたのか、蒼白になり押し黙ったイーグレットを一瞥すると、アリシアに向かって謝罪した。

「非常に見苦しい所を見せました。もう帰ってくださって大丈夫です、申し訳ないがあいつらに、あとでイオを迎えに行くと伝えてもらえますか。・・・少々・・・時間がかかりそうなので」

「はい」

逆らえる雰囲気ではない。こくこくと頷くと帰路についたのである。




「おとうさん遅いっ・・・あれ」

「ごめんなさい、お父さんはもうちょっと時間がかかるみたいです」

ルーカスだと思ったのだろう。扉を開くなり頬を膨らませたイオが声を荒げていたが、求めていた人物ではなかったと知ると、がっかりとうなだれてしまった。

追いかけてきたネリィが、苦笑しながらイオの頭を撫でている。

「週末しかおうちにいられないから、一緒にいたかったんだよね」
「・・・うん」

その責の一旦は、ある意味アリシアにもある。「うっ」と言葉を詰まらせたが、イオはすでに元通りに明るい表情を見せている。外にいきたいと言い出し、アリシアが連れて行くことになった。

手をつなぎながら、イオに合わせてゆっくり歩く。二人は広く、人の波もゆるやかな大通りを歩いていた。
初秋の午後は、日差しも穏やかになり、少し風が冷たさを帯びてきた。
もうじきすれば、通りの樹木が鮮やかな紅葉になり目を楽しませてくれるだろう。

人に逆らうように、二人は並木道へ向かっていた。

自然体にアリシアに対し、イオはどこかうつむき加減で、ぎくしゃくしている。イオはアリシアを慕ってくれているが、やはりネリィが良かったかと頭を掠めた。

だがイオが上目を使いながら、ちらちらと見ていたのは、通りすがりの親子の姿だった。
両親と手をつなぎ三人歩く姿が気になっているらしい。憧憬と羨望が幼い瞳に垣間見える。

イオの抱く感情とは違うかもしれないけれど、少しだけ理解ができた。

「イオ」

「なぁにー?」

「ちょっとごめんなさいね」

「ん・・・・・・わ」

イオ程度の重さなら無きに等しい。
左腕に座らせるように抱き上げると、同じ目線の高さに驚嘆の喜びの悲鳴がきこえた。

「あのね、わたし抱っこ好きなの。お父さんがしてくれるし、すごく高いから!」

「じゃあ、このまま行きましょうか」

「いいのっ!?」

「はい。イオぐらいなら軽いものです」

陽光を受けて輝く花のような笑顔に、えっへんと胸を張って歩き出す。途中で差し掛かった公園では、花壇に群生して咲いている大きな花弁を持つ乳白色の花を指差した。

「あのお花知ってる?ミアちゃんのところにもあるんだけど、あんまりないお花なんだよ。リンディアっていうの。特別なお花でね、ドネヴィアでしか栽培できないんだって」

「公園とかで咲いてる花ですね。たくさん見かけますけど・・・珍しいんですか?」

「街にあるのはちがうの。本当のリンディアはね、夜になると小さな光を出すの。幻花に似てるけど、もっと小さくて・・・ぽつぽつって。だからね、リンディアのほうがずっときれい」

「イオがそうまで言うならきっと綺麗なんでしょうね。そのリンディアは、どこかにはないんですか?」

「うん・・・お城でしか見たことない。おじちゃんやおばちゃんのお部屋にはいっぱいあるんだけどなあ」

「そうですかあ」

「あ!でも、一つぐらいなら持ってこれるよ!今度お姉ちゃんに見せてあげるっ」

アリシアをみつめる、スミレ色の瞳はどこまでも透き通っている。野花のような印象を抱く、無邪気な女の子だ。くるくる変わる表情の変化にくすくすと笑う。

「それは楽しみです。ねえイオ、せっかくだから寄り道して帰りませんか?」

「えっ、どこに?」

「おいしいお菓子屋さんに行きましょう。かわいいものも、いっぱいありますよ。みんなにお土産を買っていきましょう?」

「ほんと?行きたい。・・・けどいいのかなあ。すぐ帰るって言っちゃったよ」

「女の子のお散歩は寄り道が常だと決まってます。っていうか決めました。さ、行っちゃいましょう!実を言うと興味あったんです。私の年齢で一人はきついのでイオがいるととても助かります」

「お姉ちゃんが乗り気だー!」

アリシアが連れて行った店は、入る前から入り口にピンクや可愛らしいリボンの装飾溢れる、中までびっしりとファンシーで溢れかえった菓子屋だった。ドアを開けると大きなくまのぬいぐるみが客を出迎えてくれる。

装飾もそうだが、チョコレートや飴細工、ケーキ一つ一つにいたるまで細かく、絵本に出てくるような細工が施してあり、少女たちが喜びそうな出来となっていた。

イオは見るのもはじめてだったらしい、瞳を輝かせると降りた足でガラスケースの中の色とりどりのキャンディーやお菓子の家を興味津々に眺めている。

アリシアもこれを機に存分に中を観察すると、イオの後ろにしゃがみこみガラスケースを覗き込む。

「イオ、どれがいいです?」

「・・・いいの?」

「もちろん。みんなと、せ・・・ルーカスさんに買って帰りましょう」

イオはあれもこれもと悩んだ末、結局決まりきれなかった。

なので最終的に、店員にお勧めされた詰め合わせを購入し店をあとにした。イオは片手にしっかりと紙袋を持ち、もう片手はアリシアに繋がっている。

思いの外いい値段がしていたのだが、この笑顔を見ると連れてきてよかったと思えた。
イオは首を上に傾けると、アリシアへ抑える事のできない喜びを伝える。

「お姉ちゃん、ありがとう」

「どういたしまして。そろそろ日が暮れますね。帰ったらご飯でしょうか、ルーカスさん、待ってるかもしれませんね」

「うん、だといいなあ」

「イオ?」

肯定には、小さな願望が含まれていた。寂しくなったのだろうか、繋いだ手にぎゅっと力が込められる。それまでとは何か違う響きに困惑を抱える。

「ねえ。お父さんには内緒で、聞いてもいい?」

立ち止まると、不安を滲ませアリシアに懇願した。無言のプレッシャーにアリシアは散々考えたあと、視線をイオに合わせると頷いた。

「わかりました。内緒ですね」

「うん」

そろそろ皆が帰路につく時間帯だ。ちらほらと帰宅する人々が増え、空は朱に染まりつつある。
イオはスカートを握り締め、緊張に強張りながら、ようやく意を決すると面を上げ、


「わたしとお父さん、ちゃんと親子に見える?」


そう、尋ねたのだった。

冗談かと思うが、イオの表情は真剣そのものだった。じっとアリシアの答えを待っている。

不安と期待がごちゃ混ぜになり、泣き出すのではないかと思った。

「・・・・・・どうして、そう思うの?」

「・・・たまにしか会えないから」

「本当にそれだけ?」

「・・・・・・おじちゃんとおばちゃんが、話してたのきいたの。もうすっかり、本当の親子みたいだって。・・・だから」

それはほんの一瞬、アリシアから言葉を奪った。
そして同時に納得した。イオを思い詰めていたこの疑問が、ずっと心の中を脅かしていたのだ。

「ちゃんと、お父さんと娘です」

だからアリシアにかけて上げられる言葉は一つしかない。幸いなのは、それが本心を偽った嘘ではなく、心から伝えられる真実であることだろう。

怯える心を慰めるように頭を撫でる。

「それはもう、似たもの同士です。のんびり屋さんで、めんどうくさがりな所とか。なによりイオの髪はルーカスさん譲りですよ。とても綺麗だし、そっくり」

長い髪を指でつまむと、するすると頬をくすぐった。

「・・・ほんと?」

「嘘は苦手なんです。ネヴィルたちだって、そんなこと疑ってもいませんよ。・・・イオ、寂しかったら、お父さんにあったときに、思いっきり抱きつきなさい」

「え?」

「実経験がなくて申し訳ないですけど、それが一番ですよ。・・・ちょうどいいタイミングで来たみたいですし」

含むような口調に、視線を向けるとイオが目を見張った。
ルーカスが通りの向こうから、二人を目指して歩み寄っていのである。

「やれやれ・・・こんなとこまで来てたんですか」

「寄り道をしてたんです。ねー、イオ」

「う、うん」

「?・・・買い物ですか?」

「ええ、そこのお店に」

ちょん、とイオの肩を押す。躊躇いを見せる視線に、大丈夫だと小さく呟く。アリシアがさりげなく袋を取り、もう一度ぽん、と叩くと、

「あー・・・あの店・・・俺には入れない所で・・・うおっ!?」

それはもう勢いをつけて駆け足で飛び込んだ。頭突きでもするんじゃないかという勢いに、思わずアリシアから温かい苦笑がこぼれた。

一方ルーカスはというと、押し付けられる小さな体と、精一杯回された腕に驚愕が絶えない。
その表情がまたおかしいものだから、さらに口元を押さえた。

軽やかな笑い声とにルーカスが困惑したが、「寂しかったんですよ」と小声で教えると、動揺しつつもイオを抱きしめると頭を撫でた。

そして、

「・・・色々と申し訳ない」

「いいえ。楽しかったから万事問題なしです。ねー」

「ねー」

「イーグレットは説教しておいたので大丈夫だと思います。もし突っかかってきても無視してください」

「わかりました。けど大丈夫ですよ」

イオたっての希望で、少女はアリシアとルーカスに挟まれながら手を繋いで歩いていた。

照れくさいが、イオの望みを垣間見たアリシアとしては、その程度の願いならば叶えてやりたかったし、悪い気はしていない。


イオはすっかりご機嫌になり、歌まで披露している。

傍目に彼らは親子にしかみえない。通りすがった幾人かはイオの歌を耳にすると微笑ましさに笑っていた。





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