(やっぱり差があるなぁ)

教室、クラス会議の場にて心の中でぼやく。
教壇にルーカス、一番後ろにアリシア。

今日の話題の中心は数ヵ月後に控えたハイクラス実用試験になる。

教壇でルーカスが各自披露する魔法の内容をどのような種類になるか大まかに書いて提出すること、と告げている。派手な魔法の場合、事故を防ぐためだろう。

魔法のことに関してはその手の才能がまったくないアリシアだから任せるしかないのだが。

いやはや、参った。
やはり好かれてるのとそうではないのとは差がでるらしい。

別に目に見えているわけではないのだが。
生徒達の雰囲気の違いは歴然の差だ。

別にアリシアだって特に好かれてるという意識はない。

自分が彼らと同じ年頃の頃を思うと、こんな堅苦しい教師は自分だって嫌だろうなと思うときがあるからだ。

だがわかっててもやっぱり目の前で違いを見てしまうと少し物悲しくなる。

「クレスウェル先生」

かけられた声にハッとなった。声の主を見やるとルーカスが困ったように笑っている。

「すみません」

後ろの方に置かれている紙を3枚ずつ全員に配っていく。

その内容は実用試験中における膨大な禁則事項だ。

前髪が幾度と邪魔になる。

――今日は多分ついてない。

朝からそうだ。寝起きは強くないのだが。まずそこで壁の角に額をぶつけ、真っ赤なあざを作った。

前髪を多くした風に変更せざるを得なかったのはそれを隠すためだ。

さらにぶつかった際、バランスをとろうと動かした腕で棚にあった小物類を床に散りばめ、姿勢をとり損ねた身体は床へ倒れ、ついでといわんばかりに舌をかんだ。実を言うとあまり喋りたくない。

出勤後は途中、財布を忘れたことに気付き、引き返せばいつもの時間には到着できなかったり。授業中にボーっとしていたり。

今日はやるべきことを終えたら早く家に帰ろう、と誓う。

幸いなことに今日は午前ですべてが終わる。アリシアは残している仕事もなかったし担当している部活動もなかった。きちんと授業を行っているわけで今日は何もない。

課題として出した提出物は家に持ち帰って調べればいい。そうと決まれば話は早い。やるべきことを済ませてしまうだけだ。

しかしそれも無駄に終わる。

「クレスウェル教諭、カール総長がお呼びです」

ついてない時はとことんそうらしい。

同じハイクラス教科担当のベチュア教師から呼び出され、彼女を改めて見るとふに落ちる。なるほど、自分の古臭い格好となんとなく共通するものがある。

だがベチュアの方が徹底している。厳格な女学校の校長、そんな印象がある。

アリシアにこれを拒否する権限などない。

「カール総長、クレスウェル教諭をお連れいたしました」

「入れ」

中は一人ではなかったようだ。
中肉中背の、目元の鋭い老人と貴族風の装いの青年がいる。

「ご苦労でした。ベチュア殿」

「いえ」

と、いいつつもベチュアは下がろうとはしない。
その視線には明らかにアリシアへの不満がある。

「下がってください。ベチュア殿」

「しかし、お言葉ですがカレラス様。このような―」

「問題ありませんよ。私の人選です」

「・・・はい」

カール総長と青年に一礼してベチュアは扉の向こうに消えた。

青年はアリシアに軽く礼をする。仰々しい動作だが、自然とそれが似合っている青年だった。

「気を悪くされないでもらいたい。彼女はいささか心配性でして」

「とんでもありません。ベチュア先生がそう思われるのも無理は御座いません」

やはり社交辞令であったらしい。鷹揚に頷くと青年は簡単に挨拶を済ませる。

「それはよかった。・・・そう、自己紹介がまだでした。私はカレラスと申します」

わしの息子だ、とソファに腰掛けたままのカールが低く告げた。

カールはすでに晩年をとうに迎えている。それなのに目の前にいる青年はまだ二十半ばにも達してはいないのは、相当年をとってからの息子なのだろう。

「お話は他の先生方からお伺いしております。若いのによくできた教師だと」

「恐縮でございます」

「その先生を見込んで少々お願いしたいことがありましてね。引き受けてくださいますか」

「・・・私にできることであれば」

満足そうにカレラスが頷いた。

「執行部に顧問として入っていただきたい」

「――は・・・い?」

「ご心配なく。ゲーツェ総長にも許可は頂いております」

「い、いえそうではなく・・・執行部とは、「あの」執行部のことでしょうか?」

「もちろん。父の学園には2つも執行部があるとは聞き及んではおりません」

「しかし、彼らは全員・・・」

「ですから貴女をお呼びしたのです。ええ――本当に、よくできた先生だと伺っています。・・・我らの対立派閥の半ば中核に近い方々にも好感をもたれてくれているようですし」

その言葉で、含まれる視線の意味に気がついた。

(この男)

そういうことか。

執行部。とはなかなか聞くことがない部であるが、呼んでそのままの存在である。普通の学校ならいざ知らず、ここはドネヴィア魔導学園。並の学園ではなく、規則を破る生徒に手を焼かされる事態は少なからずある。

校内で生徒同士の争い、喧嘩、魔法合戦。学園指定場所以外での禁止魔法使用取締り。

それらをすべて己が実力で押さえつける。仲裁役。

そうして、構成は全員ゲーツェ総長に組するメンバーである。

「・・・私は、何を」

「最近、少々不穏な噂を耳にいたしました。来たる3ヵ月後の試験にて陛下のご息女がご見聞のためおいでになられるという噂です」

無論、と付け加える。

「ただの噂です。ですが、そのような話が我々の耳に入った以上ゲーツェ総長のようなお方にも入っている。噂と言えど馬鹿にはできないのです。難しいことではありません。彼らが何か不穏な話をしていたら、ご相談頂きたいのです」

なるほど。確か執行部長はジーン=ヴェンダー。ゲーツェ総長の可愛らしい孫である。

加えて顧問は実力、実績があると噂に聞いたゲーツェの信頼厚いルーカス・ロス。

ご相談どころか、密告をしろと言っている。

「カレラス様」

「カレラスで結構ですよ」

「・・・カレラス様、申し訳御座いませんが。私のような者より他に適任の方がいらっしゃると思います。
そのような役は私などよりもっと優れた方にお任せになるべきかと・・・」

苦渋の表情を浮かべるアリシアを一瞥する。

「アリシア殿、ご出身は確かエディルでしたか」

「な・・・」

「つい最近、部下がエディルへ向かう機会がありましてね。いえ、これが熱心な部下でして。
私が必要ないと言っても色々調べてくれるのですよ。―――色々と」

アリシアを見ず、外の景色を眺めて浮かべるそれは笑みだ。
だがアリシアにとってその言葉は処刑宣告に等しいものがある。

「・・・お引き受け、いたします」

顔から血の気が引く感覚とはこのことか。

「そうですか。それはよかった。引き受けていただけないかと実は内心心配していましたよ。執行部諸君にも今頃通達が届いているはずでしょう。
ご帰宅されるところ申し訳ありませんが今日の内にでも顔を合わせておいてもらえますか」

「わかりました。御用は以上でしょうか」
「あと一つ。ご相談に来られたい時に私や父がいるとも限りませんね。そんなときは先ほどのベチュア殿やカッセル殿にでも一つお話されてみてください。彼らはとても頼りになりますよ」

「はい。それでは失礼致します」

アリシアの見た目にはすでに先ほどのような今にも倒れそうな弱さは見つからない。

総長室を訪れたときのような毅然さが見受けられるだけだった。

「いいのか、カレラス」

「何がです?」

アリシアが去った部屋で、ずっと黙っていたカールが息子に声をかけた。

「ゲーツェにすべて話すかもしれん」

「かまいません」

裏切っても裏切らなくても。

「どちらになっても彼女は立派に役目を果たしてくれますよ。ああ、カッセルを呼んでもらえますか」




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