「・・・いいのか?」

珍しく心配そうに口を挟んだのはネヴィルだった。その横、ひときわ造りが豪奢な椅子に座ったジーンは、鼻息荒く胸を反り返らせると、当然だと頷いた。

「いいのよ。あっちだって1人で来るはずないんだから」

「だからってこの人数は・・・」

「しょうがないじゃない。一人で対峙するの、いやなんだもの」

「あまり騒がないでくれよ・・・」

最近仕事の量が増え、「仕事に殺される!」と悲鳴を上げる毎日を送っているゲーツェも、今日は流石に顔を出した。

「仮にも・・・おまえの婚約者なんだから」

「ええ。大丈夫おじいさま。やられる前にやります」

ちっともわかってくれない孫娘に祖父は力なくうなだれた。

有無を言わさず友人たちを集めたのだが、彼らが聞かされたのは、2回目の見合いになる今日、ジーン本人と婚約者殿「だけ」で茶会が開かれるのだった。

簡単に言ってしまうと「あとは若いもの同士で・・・」というあれだ。

「っていっても、それも建前なのよね」

もっとかいつまんでしまうと、既成事実を作れと父側の側近から命令されたという。
場所が奥ばった室内なのもそのせいだ。はばかる事ながらすぐ隣の部屋は寝室になっている。

ジーンは当初、声が出なかったらしい。本気で言ってるのかと正気を疑ったのだがこれが大真面目であり、ジーンは怒りで顔を真っ赤に染めた。

そして今日、誰にも話さなかった事情を説明したのだが、余りのことに祖父は一度卒倒し、先ほどジーンの父である息子へ速達を出してきた次第である。

後日、ジーンの父親が悲鳴を上げながら連絡を入れてきたが、彼は「しばらく反省しなさい」と息子の助けをあっさり断ったという逸話がある。

ジーンの家は別国にあり、両親や弟もそちらに住まいを持っているが、魔法の才能があった彼女は、一人暮らしの祖父の下へ身を寄せていた。

今回も良縁であるはずなのだが、「見合いはするが、話は断る」と断言した孫娘への強要はなかったことからも、ゲーツェの孫娘への愛情が窺い知れるだろう。



「哀れな婚約者だな」

珍しく饒舌なネヴィルを横目に、ハーウェイとオルゴットはひそひそ話をしている。

「嬉しいくせに素直じゃねぇよな。なんでああも奥手なんだ?」

「絶対焦ってる、あれ」

「だよな。ジーンもジーンで・・・鈍いからなぁ・・・もう少し押すべきかと思うんだがオル、どう思う」

「下手に手出しは止めた方がいいと思います。変に意識するんじゃないかな」

「・・・ぬぅ」

「お二人とも、聞こえてますよ」

「あ。センパイはどう思う?」

「馬に蹴られたくなかったら、ですよ。・・・ね?」

「はーい」

この場にはネリィやヨアヒムの姿が見えない。

両者来たがっていたのだが事情があり、全員は揃わなかったのである。
ジーンの頼みは、隣室に控えて、何かあった場合は助けてほしいという単純なものだった。

「助けるって・・・婚約者をだよな?」

「面白い冗談を言うのね。あなたには、目の前に立っている女の子の姿が見えないのかしら」

「ハーウェイさんの目は節穴ですから、仕方ないですよ」

「センパイ、それ笑えない」

和気あいあいとした(?)やりとりをしていると、ノックが叩かれた。

「失礼致します。ブナンザ商会のグ・ナーハ様がお見えになられました」」

「ブナンザ商会・・・ってぇ武器商人の?」

各地で活躍する良い意味でも、悪い意味でも名高い商人団。
正確に言えば武器だけではないが、ドネヴィアではそちらが有名であろう。予想外の名に全員が驚いた。

「親しいご友人らしいね。さあ、君たちは隣の部屋に行きなさい」

ゲーツェに追いやられると、いそいそと隣室へ移っていく。隣は壁が薄いらしく、会話も丸聞こえできるらしい。

「聞き耳なんて上品じゃないですけど、ちょっと楽しみですわねぇ」

「・・・ジーン先輩に聞かれちゃ、だめですよ?」

「わかってます。ふふ」

悪巧みを共有する、悪童のような無邪気な笑みだ。
絶対面白がっている。
ジーンを除いた誰もがそう思ったが、あえて口に出す愚行は犯さなかったのである。





************





「む・・・」

その頃、アリシアは一人喫茶店で巨大パフェに挑戦していた。
本来はジラと来る予定だったのだが、急用が入ったとのことで予定が消え、諦めきれず一人で来てみたのである。お勧めしていただけあって、果物が瑞々しくて美味しい。

「これは、なかなか・・・」

顔の倍ほどの大きさはある器の中身は、すでに半分以上が減っていた。
スプーンがとまる気配は一向に訪れない。7,8人前は軽く想定されていたパフェである。ウェイトレスが信じられないものを見る瞳で、ちらちらと様子を伺っている。隣にいたカップルは語らいを忘れその様子を眺めていた。

張り紙にある、一人で食べ切れたら金額免除を目指し、黙々と食べ進める。
ふと、

「・・・」

「向かいの席をいいかな、お嬢さん」

三十半ばほどの男が、アリシアの目の前に立っていた。

肩下まで伸ばされた白髪。シャツにズボンの軽装に、ひざ下まである長い外套を羽織っていた。
体格もアリシアの倍ほどある。なによりその存在感が大きい、道でばったり出くわしたら、十中八九、間違いなく道を譲りたくなるような威圧感だが、斜にかまえた笑みはどことなく親しみやすさがある。

「・・・・・・・・・」
口にスプーンをくわえたまま、視線は腰元へ追っていた。

黒。
まさしく男と似ている、シンプルで、余計なものを拒む、艶やかでなめらかな鞘。

形状はおそらく、アリシアの傍らに置かれている包みと似ているのだろう。
違うとすれば、男に合わせられた尺の長さぐらいで、



作られた用途は、同質らしい。



「・・・」

「そう殺気立たないでもらいたい。私は喧嘩をしにきたわけではないのでね」

隣のカップルが、顔色を変えながら会計へと席を立った。
不思議な事に、男は実に楽しそうにしながら親しみを添えて話しかけてくる。

「互いに胸が騒ぐ・・・お嬢さんもそうだろう?」

「・・・ええ、まあ」

耳心地の良い低重音だった。穏やかとは違うが、力強い、自信溢れる独特の魅力が溢れている。自分はつくづく運が悪いらしい、まさか数ヶ月以内で、もう一人遭遇することになろうとは予測だにできない。
だが、目の前にいる人物は以前遭遇したのとはまた違うようだ、と感じていた。
アリシアもそうだが、感情より理性を優先している。

「何か御用でしたか」

「同類を見つけて、話しかけたいと思うのは理由にならないかね」

「目的によりますね。殺し合いでしたら真っ平です、よそにあたってください」

「殺し合い、か・・・それも悪くはないが」

内心は冷や冷やものだ、そんな心情を知ってか知らずか黒刀の男はしばし無言で、アリシアの顔を眺めていた。
そのまなざしに、好奇心のかけらが混じる。

「いや、お嬢さんとはやめた方がよさそうだ」

にやりと笑った。

「私の目的か、好奇心だよ。まともな同類と会ったのは久しぶりでね、会話ができたら面白いと思ったわけだ・・・ああ、私か?心配するな、ただの流れの傭兵だ。サカズキと言う、これは《鉄》(クロガネ)と名づけられた」

意外な台詞だった。渋い外見に反し、随分気安さを感じる。

「・・・本当に、目的はそれだけですか」

「それ以外をお求めかな?」

その態度は、小娘をからかう大人の余裕がある。外見通りの年齢かはわからないが、どちらにしても"とまった"ことを考慮しても男が年上なのは確かだった。

信用は置けないが、サカズキの言うとおり戦いを望んでいるわけではない。嘆息すると、力を抜いて会話に応じる姿勢を見せた。
スプーンで傍らに置かれた包みを指し示す。

「これは《紅》(くれない)です。私はアリシア。しがない一般民ですよ・・・それで、流れの傭兵殿は私にどういった会話をご希望ですか?先ほども言いましたが、斬り合いは御免ですよ」

「安心してくれ、私も仕事中の身でね。騒ぎは望んでいない・・・好奇心だと言ったろう?」

サカズキが腰かけた椅子が重みで軋む。

「その好奇心が私にとって安全なものなら歓迎できますけれど、ね・・・」

「そこはお嬢さんの感覚に任せるしかないな。差し当たっては信頼を深めるため、近くに行きつけの店があるんだが、一杯奢らせてもらえるかな?」

ふっと唇をほころばせる。

アリシアも、サカヅキの言いたい事を察した。
・・・確かに、女性一人やカップルといった比較的若い男女が賑わう喫茶店では二人の姿は違和感しか与えない。大人しく従ったほうが得策だと、その場を後にした。

サカズキが案内したのは雰囲気の落ち着いたバーだった。

店内は薄暗く、静かに酒をたしなみたいものなら格好の店だろう。まだ開店して間もないらしく人の姿は少ない。奥ばった席へ案内されるとブランデーを二つを注文する。

「で、お嬢さんは契約してどのくらいになるのかな」

「・・・まず、そのお嬢さんを止めてもらえたら教えてあげないこともないですよ」

「それは失礼した。ではアリシア、君は私よりも"長い"のだろうか?だとすれば態度を改めるべきだったかな」

・・・どうやらムキになればなるほど、逆効果らしい。
やり込められるようで不愉快だが、それが原因なのだと、深く息を吐いた。

「取引は・・・10・・・数年前です」

「ほう。それは凄いな。私は・・・大体600年だな、それ以降は数えてない」

「ろ・・・」

それは、思ったより長い。
だとすると、人としても、変化してからどちらにしてもサカズキが先達となる。

「・・・なんですか、凄いって嫌味ですか」

「掛け値なしの本音だが?100年未満の"若造"は話もできんくらい影響が深い。大体それ以降からだ、少しは話が通じるようになるのがな。私としては大したものだと誉めたつもりだが」

「若造って・・・いえ、否定はしませんけど・・・あなたそんなに会ったことがあるんですか」

「あちこち放浪しているおかげで、十数人程度ならある。ほとんどは契約後間もない連中ばかりだったり壊れたりでな、見るなり斬りかかられて・・・」

消した、ということらしい。
物騒な話だと己のことのようにうんざりした。
そういうことなら、彼の落ちついた雰囲気も納得できる。つまり慣れているわけだ。長生きしていれば抑制や、気配を同種に悟られにくくもできるらしい。

「その様子だと、一度は遭遇した事もあるらしいな」

「一度ね。それはもう乱暴ものでしたから、正直あなたが怖いです」

年長者だとわかってしまうと、誤魔化すことも馬鹿らしくなってきた。
かためていた肩をほぐし、椅子に背を預けた。ブランデーも運ばれ、ロックがグラスのふちに当たる音が響く。

「紳士的に対応したつもりなのだがね」

「ご自分の外観を知ってから言っていただきたいですね」

「若者は余裕を学ぶべきだな。人を外見で判断してはいけないと教わらなかったか」

「ええ、その通り。だから警戒したんですよ・・・それと、ブランデーより、ワインの方が嬉しかったんですけど」

「そいつは失敬。では頼みなおすとしよう」

再注文後、届いたグラスを小さく掲げる。

「何にですか?」

「さて・・・新たな暇つぶしの発見と、数十年後か百年先、また相見えたときのための、暇つぶしにでは?」

「最低ですね」

「言われ慣れている」


改めて掲げたグラスを、端から見ても美味しそうに傾けた。







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