「あー・・・いいかな。全員揃ってる?・・・え、ルーカスがまだ?やだなぁ、困ったなぁ。僕このあともスケジュール押してるのに。仕方ないなー、ノーマ主任あとで彼に直接説明して上げてください。はい、そういう訳で現状維持派の緊急会議行います」
会議室のなか、初老ほどと思われる男性が挨拶をするとパチパチパチとまばらな拍手が起こる。
それが少々恥ずかしかったのか、やや急くように口調を早めた。
その白髭を蓄えた老人こそが、現状維持派とよばれる一角、ゲーツェ総長である。
「今日も司会進行は私ゲーツェです。先生方、本日はお忙しい中ご苦労様です。先ほども申しましたように緊急会議です、少々面倒くさい事態が発生しました。
微弱ながらも私で問題解決まで至ればよかったのですが、そうも言ってられなくなりまして・・・皆さんのご意見、お力をお借りしたいと思いました次第です」
ふぬ、と妙な意気込みをいれたあとに自分を見つめる人たちを見返した。
その年齢層は様々だ。
若い新米教師から壮年の熟練と多種多様である。
実に学園の半分以上もの教師たちにドネヴィア魔導学園の長格は感謝の念を込めて一礼した。
「まずはいつも通りご報告をお聞きしたい。年少、年長組。及び寮の動向はどんな具合でしょうか」
目配せをすると品の良い妙齢の婦人が頷いた。
この婦人こそが年少組・・・ロウクラス全体の主任にあたる。
ロウクラスとはドネヴィア魔導学園に入学してからの1〜2年にあたる。
入学にあたっての年齢は12〜6歳までとなり、3、4歳ほどの年齢の差が発生しているのだが問題にはなっていない。ハイクラスは入学してから3〜4年の全体を指す。
ロウクラスまではたいして区別はしていないがハイクラスに入ると大体が実力に合わせてのクラス編成と変わる。
またここからが他の学園と大分違うところだ。
ハイクラスになってからは3年と4年の区別が消える。3、4年共に教室は一緒になるのだ。
無論、その年に卒業するのは4年だけだが。
これはこれで授業の進み具合の問題などが提示されたがそこはまた別の話である。
「ロウクラスは最近再び・・・微細ながら生徒に対し言葉の暴力に及ぶ方々が増えてこられたと思います。もちろん、これは生徒にとっては関係のない、先生自身の感情からくるものですね。厳重注意させて頂きましたけど、聞いているかは少々わかりかねます」
子供にとって、良いものではありませんときっぱり婦人が断言すると、数人の教師が神妙に頷く。
次に声を上げたのはまだ童顔が残る、ヒゲを生やした男性だった。
「ハイクラスは私の目の及んでいる範囲内。ま、平たく言うと教員室内は特に問題ありません。ですがやはり別教室となるところが・・・」
室内の端で大きな音が立った。
「や、どうもどうも。遅れて申し訳ない」
へらへらと笑いつつ入ってきたのは長身痩躯の三十路前後の男だった。
「遅すぎですよ、ルーカス先生」
「すみませんすみません。いや、でも理由がありまして・・・」
最後まで言い終わらない内にルーカスの後ろに隠れていた影が飛び出した。
ふわふわの金髪を両サイドで可愛らしく結んだまさしく「美」少女である。
「おじい様」
可愛らしいのに目元と口調が物騒だった。彼女がにらんでいる先はゲーツェ総長だ。
「・・・ルーカス」
「ですから不可抗力ですってば」
おどけたように笑う教師はすでに自分に用意された席に座っている。
「そんなことどうでもいいです。緊急会議ですよね。それもカール総長派に関して重要な。私も聞きたいです、いいですか?いいですよね」
ゲーツェの意見など求めることなくジーンはどっかりと腰を下ろす。
アリシアと対峙したときにはまだ多少なりとも残っていた丁寧さは微塵も感じられない乱雑さだった。
「ああもう、またお前はそんな勝手な。いいかい、これは先生達の・・・」
「総長の負けでしょうから話、続けますよ?」
なんだかんだでゲーツェがこの孫に甘いのは大体に知れ渡ることだ。時間の無駄と判断してそのまま続けると抗議の声が上がったが、あえなく無視されている。
「ちょっとノーマ君」
「どこまで言ったかな。ハイクラスのカッセル、ベチュア。この両教師はこれから特に要注意といったところです。こう、なんと言いますか・・・目的のためなら手段を選ばないといいますか。皆さんご存知ですがカール総長に心酔されてる方々ですから・・・」
「抑えないといけないわけですね・・・。また暴走しないといいんですが」
ゲーツェが低く告げた。そこにはわずか苦悩の色がある。
そこにわずかに戸惑ったのは孫娘である。
何か言いたげではあったがそこは堪えた。強制的に割って入った身なので騒ぐわけにはいかない。聞きたいことはあとで直接尋ねればよい。
他にも細かな出来事ではあるが諸教師から微細な報告が入る。おおむねいつも通りのことであった。
やはり、若い少女はこめかみをひくつかせてはいたが。
報告も一通り終わると、ゲーツェが椅子に座りなおし、一人一人を確認するように見渡した。
それにつられて他のものも自然体制を整えなおす。
「本題に入りましょうか。これから3月後、我が学園にて全ハイクラスを集めた実用試験があります。お分かりの方も多いでしょうが、非常に盛大です。また、当学園からは毎年優秀な生徒が宮廷に上がる人材も多いことから、女王陛下から温情のお言葉を頂くまでになりました」
ドネヴィアの秋のハイクラス実用試験は魔法をかじる人にとっては見ごたえがある。
一般に学園を開放するわけでもないのだが確かに盛大なのだ。
若く才能溢れる魔法士の卵が、自身で開発したオリジナルの魔法を披露するからである。また、ドネヴィアと親しい他国の魔導士も訪れる。
つまりは自分の顔を売る絶好の機会。いわば就職試験と言っても過言ではない。
3年でさほど冴えなかったのなら4年でチャンスを。3年で大成功を収めたのなら4年も再び成功を収め、実力で栄華を勝ち取れという意味合いだった。
学生には中々のプレッシャーであるが、これぐらいは耐えないとやっていけんだろ、と言ったのは確かルーカスだったか。
「その女王陛下から。・・・エリシュミア姫様を見聞のために寄こそうと考えている、と」
非常に気まずい空気が室内に漂う。
そのうち男教師の一人が自殺行為じゃないですか、と呟いた。
不謹慎な発言かもしれない。だがだれも否定はしない。その通りだったから。
誰か騎士が面白半分に吹聴したのかね、とルーカスは言葉には出さず呟いた。
よりによって、だ。
ドネヴィア国、女王ゼラスが第三子エリシュミア。王位継承権こそないものの女王の秘蔵っ子。
確か今年で9つになるのだったか。
継承権がないのだから放置できるというわけではない。むしろそのないことのほうが問題なのだ。
女王ゼラスは御歳36になる。17のときに即位して以来立派な治世をしていたのだが、数年後に夫を亡くしている。その2年ほど後に当時傭兵であったタルヴィス騎士総長と再婚に至っていた。
その二人の間に生まれたのが第三子エリシュミアだ。
タルヴィスは人として気持ちがよく、民からも厚く信頼されている人物なのだが、貴族でも王家に縁があるものでもない。素性も分からない流れ者であったタルヴィスの血が、ドネヴィア王家に流れることをよく思わない連中がいたのだ。
その筆頭としてカール総長や彼よりもう少し上の立場を含む一派だ。
血筋、格式、階級。
100年も前に大改革が起こったとはいえそのようなものを大事にする連中はしぶとく生き残っていた。
そんな彼らを騒がせないようにするためだかどうだかは知らないが、王家も一応それなりの相手を選び、血を残していくが、エリシュミアの誕生はまさしく致命的になった。
内乱一歩手前と言ってもよいくらいの騒ぎだったと言えよう。
もしかしたら上の子達を差し置いて、溺愛している娘を玉座に就けるかもしれないという恐怖が彼らにはあるのだ。
あの時のことを焚き火が燃え盛っているという風に例えるなら今はくすぶっているというのが当てはまる。
そんな中、彼らの一派がいる所にエリシュミアを放り込むなど何が起こるかわからないのだ。くすぶっている炎は薪を入れてしまえばすぐさま燃え盛るというのに。
「おそらく陛下は何かお考えになるところがあるのでしょう。ですが・・・」
放り込まれる側の立場となるとそうも行かない。
なんらかの考えがあるかもしれなくとも、全力でエリシュミアを守り抜かなくてはならないのだ。
その後も議題は続いた。
陛下に助言して取りやめて頂く。否、いっそのこと王家の方々と手を組みカールらの悪行を明らかにする。様々な意見が飛び交い、とっぷりと暮れた頃に解散した。
次々と教師達が退室していく中で総長その人とジーン、ルーカス、ジラ、ハイクラス主任ノーマ、ロウクラス主任レティがその場に残される。
「大変なことに、なりましたわね」
そうっとレティが呟いた。
レティの呟きにすぐさま反応したのはジーンだ。
「はい・・・私、ここまで大事とは思いませんでした。・・・わかってますってばおじい様。そんな目をしなくったって他言なんて、はしたない事はしません」
でも、と。ジーンは小声で呟いた。
「でもおじい様、確かに2年前は大変な騒動になりました。けどカッセル先生やベチュア先生もカール総長派では分別は多少なりともあると見えます。・・・あの時は流石に反省しておられましたし・・・あれだけでも問題だったのです。・・・彼らにそんな大それたことができるでしょうか」
それは少女なりの希望であり望みであった。
だがそれに大人は首を振る。危険という可能性がある限り甘い希望にすがるわけにはいかなかった。真っ向から否定したのはジラだった。
「反省なんてしてないっしょ。あいつらは」
「そう、でしょうか」
「そうよ。ここの所大人しかったのは2年前の足を捕まれるとまずいからだし・・・なーんかジーンにしては連中をかばい気味っぽいなぁ。総長、ちゃんとお話してあります?」
ゲーツェが気まずげにジラから視線を逸らす。
それでジーン、ジラ共が気付いた。
聞かされていない話があり、話していない真実があることに。
だが、それをゲーツェに話せというのは酷かもしれなかった。
「おじい様。まさか彼女になにかあったんですか」
「待ったジーン。あたしが話す。・・・回りくどいのは嫌いだから、率直に言うわよ?あの子だけど――死んだの。住む場所を変えた半年後に。死因を聞いたけど・・・どう聞いてもおかしかった。それで調べてみたけど・・・その前にカールの子飼いと会ってる」
確かにこの少女には言いがたい話だ。
沈黙があった。2年前、学園を去った少女と、ジーンは友人であった事をこの場の全員が知っている。
ジーンの表情は俯いているせいで見えない。
「・・・私、あれから何度か彼女に手紙を出しました。――返事は返ってこなかった。・・・それは、きっと、思い出したくないからだろうと思ったからです。でも違った」
声が、震える。
「・・・・・・違ったんですね」
目を閉じる。ジーンは今だって鮮明に、あの優しさに満ち溢れた笑顔が思い出せる。
お人好だった。困っている人を放っておけなかった。いつもいつもジーンが注意して彼女が困ったよう
笑う。そんなやりとりが日常で。当たり前だと思っていた日々のかけらだ。
大丈夫、と呟いた。
孫を心配した祖父へあてた言葉だった。
顔を上げる。
そこには弱く、泣きそうな顔をした少女はいない。
「大丈夫ですよ、おじい様。泣くのも、後悔したのも2年前でたっぷり致しましたから。彼女のことを悼むのはあとです」
知らせてくれなかったことへの恨みはない。むしろ今知れてよかったと思えた。
その時に真実を知ったのならばきっと泣きくれていただろうから。祖父の優しさに感謝したい。
そこへ傍観していたルーカスが声をかけた。
「終わらせてから、ということはやりあう気かな。ジーン」
ルーカスはこの面子だとすっかりくつろいだのだろうか。その口調には親しさがある。
「当然です。私は次代を担う総長を狙ってるんですから、あんなのがいたら好き放題できません」
「だからって好き放題しすぎなのもどうかと・・・。あんまり副担をいじめるんじゃないよ」
苦笑の言葉と、副担というのにピンとしたのか。
「なぜそこにクレスウェル先生が出るのか理解できないのですけど」
「主任から注意しといてくれって」
「おい、私に回すのかね。・・・あー、でも最近はやりすぎだなジーン君は。
後始末まで丁寧にやってるみたいで他のクラスの授業が遅れ気味なんだ。少し自重してくれ」
ノーマとジーンがやんやと言い合っている最中、ゲーツェとルーカスの目が合う。
ゲーツェは目礼をいれ、ルーカスは見事に無視をした。
「・・・カールから仲介されてきた方のことかな?ジーン」
「そうですおじい様。気にいらないんです。いかにも彼らが気に入りそうな洋服なんて着込んじゃって、尻尾振ってるようなものじゃありませんか。それに毎回ご丁寧に報告にまで行ってるし」
まぁそれは、とその場にいた全員が思った。
確かに昔風のかっちりとした服装ではある。
「アリィちゃんそんな悪い子に見えないけどなー」
「アリィちゃん、だなんてなに可愛い呼び方されてるんですか。ご自分より年上の方に・・・」
「うん?俺よりかなり下じゃなかったかな?ジラ、違う?」
本来副担におさまる筈だったジラに代わって、突然の変更を申し渡された際に、ルーカスはアリシアの履歴を見ている。それはジラも同様だったはずだから、間違いないはずだ。
「・・・本当ですか、それ」
「あたし可愛い子を見る目は自信あるんだけどな。アリィちゃん、髪を下ろすと可愛いと思う。それにカールのこと好きじゃないんじゃないかなーって。最近思ったり思わなかったり?」
「報告書書く度に顔しかめてたりする所、ジラは好きそうだなと思ったんだが」
正確に好みを見抜いたルーカスに堂々と「好きよ」と恥ずかしげもなく胸を張る。
「悪いお人ではないと思いますよ」
「あらレティ先生、ご存知で?」
若い子達の会話をじっと聞いていたレティが口を開いたのだ。
「最初はロウクラスにいらっしゃいましたから。朝早くいらっしゃって、教員室を清掃して下さったり、寒い日は暖炉をつけていてくださったり。はじめは失礼な話ですが・・・裏があるのではないかと思ってしまいましたけれど、好んで悪巧みをされる方ではないでしょう」
「そういうわけで、悪い人じゃないかもしれない。やるなとは言わないから自重しろ自重」
無遠慮に頭をかき回され、されるがままであったジーンだが自重なら、と渋々納得した。
「ジーン、君のところは何か予定は詰まってるのかな」
「え?あ、ああ・・・ここの所はなにもありませんおじい様。皆暇だとぼやいてるぐらいですから」
「僕は女王陛下の元へご相談しに行くから、動きがとれなくてね。お前と彼らと、ルーカス達がいれば大丈夫だろう?頼まれてほしい事があるのだけど・・・」
老人が言葉を終えるより早くもちろん!と少女は頷いた。
「そうか、よかった。それなら――――――――」
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