「・・・ご用件は?」 「起きてましたか」 「考えごとをしてたので」 やつれているし疲れているのも事実だろう、だがそれ以上に瞳に湛えた懊悩は遠くを見ている印象を与えた。 「以前あなたに保護してもらった子供は覚えていますか?」 「・・・ミア、ですね?」 「気付いてるなら話が早い。さらわれました。ネヴィルたちと一緒に襲われた時の犯人、妙な出で立ちの男です。ご存知だと思いますが」 「学園、でカレラス・・・殿と一緒にいました。あの日に・・・私の家に来たのも同じ男です」 「確かですか?錯覚や見間違いではなくて?」 その後も不必要なほどに何度も念押しをしてくる。 しつこい確認だが、アリシアは怒りもせずしっかりと頷いた。 「見間違いでも、錯覚でもありません。事実です。カレラス殿は姫様を手中に納めるのだと話していました。それに、陛下は亡くなると」 二人の会話をじっと聞いていた人々からは無言の驚愕があがった。 ようやくルーカスは納得し、すぐ傍でそのやり取りを見ていた騎士も頷く。 「疲れているところお答えいただき、感謝します。タルヴィス騎士長に代わり白獅子騎士を代表して御礼申し上げます。これで姫様をお救いすることができる。エリシュミア様をお救いいただいた恩のみならず、世話をおかけしました」 見た目と同じく言葉も堅苦しい。 どういうことかと尋ねる前にルーカスが答えてくれた。 「カレラス総長代理…じゃないなもう。カレラスの所に乗り込む口実ができたということです。詳しい話はまた今度聞かせて頂くことになりますが、今はこれでいい。先生はゆっくり休んでください」 「あ、あの。わ、たしは・・・」 言わないと。言わないといけない。戻りたいけど、この居場所にいたいけど。 私は先生だなんて呼ばれる資格すらない、嘘なのだと。 すべてを話す勇気なんてないけどせめてそのことだけは言わなきゃ。 言ってしまったらと、拒絶と軽蔑の眼差しが怖くて泣きそうになる。 「・・・言わなきゃわからないのに」 後ろから見てもはっきりと分かる位にこれ見よがしに肩をすくめて。 ―――それが困窮した上の動作だっただなんて何人気付けたか。 「《また今度》です。…お休みなさい」 ゆっくりとアリシアを寝かしつけて、額に唇をあてる。それは父親が困った小さな娘相手にする姿に似ていた。 すとんと寝入ってしまったアリシアをみて満足げに頷き、今度こそ部屋を出て行ったルーカスを見てネヴィルが呟いた。 「えげつない」 うん、と誰もが頷いた。 「ルーカスってああゆうの苦手だったかしら」 言葉の呟きの中に強制的な眠りの魔法を混ぜていた。かけられた側はすぐに眠りに落ちるだろう。 そのあとも怪我人の傍だと言うのに多少騒がしい話が続いたが結局は 「素直じゃないっていうんです。あれは」 このジーンの一言で全員が納得し落ち着いた。 次にアリシアが目を覚ましたときには、ヨアヒムがベッドのふちに半分乗りかかった形で寝息をたて、オルゴット優しい面差しで見守っていた。 「センセ、調子は?」 「・・・いいです」 「そっか、よかった。こいつも頑張った甲斐があるってもんだね」 乱雑にヨアヒムの髪をかき回す。 「自分の体力削ってセンセにあげたんだ。ほんとはいけないことだけどちょっとだけって」 ものを言うことを忘れたかのようにぽかんとなった。あっさりとオルゴットは告げたが魔法使いが「やってはいけないこと」というのは本当にやってはいけないことだ。 事実、ヨアヒムが行ったことは治癒師として最悪の行動だ。 「削って、って・・・なんで」 「好きだったからじゃない?」 「好きって、だって、そんなに長い付き合いじゃ・・・」 「センセ、なんか思い違いしてる?」 焦燥と戸惑いを顕わにすると、指を握り締めた。ぎくっと強張ったが、柔らかく笑うだけで何も言わない。 「センセはどうして先輩たちが泣いてるのかわかんないって顔してたよね。今でもそう思ってるでしょ?」 「それ、は・・・」 「時間って関係ないよ。人と人が仲良くなるって一緒にいる時間だけで計るものじゃない」 それでもまだわからないという顔をする。 けが人相手に不謹慎なのかもしれないが、それがとても幼く見えて。可愛らしいなと思ったのは黙っておく。 「センセって人に甘えるの苦手っぽいね」 「ぐっ」 確かにそうだ。甘えたことはない、可愛げがない生き方をずっとしてきたかもしれない。まさか年下に言い当てられるとは思わず息が詰まった。 「わかんないならいいよ。こいつと同じでいつかわかる時がくるから。だから覚えておいてよ」 こつんと額と額を合わせる。怪我を負っていなければもっと強くぶつけられていたかも知れない。そのくらい少年は怒っていたというのに今更気付いた。 「オルゴット?」 「どうして行っちゃったの。なんで僕等を頼ってくれなかったのさ」 「・・・」 「先輩から聞いた感じだと、進んで戻ってきたって感じじゃなかったみたいだしさ。センセ、言っておくよ。――黙っていなくなった方が、ずっと心配するんだ」 だから止めてよね。 黒髪の利発な少年はそう言った。 「でも」 「でもも何もないよ。迷惑なんかじゃないんだから。――先輩達にもあとで謝っておきなよ。特に部長はすごい泣き虫なんだ」 それだけを告げて後ろの机から飲み物を差し出す。匂いから薬湯だと知れた。 「・・・・・・にがい」 「当たり前だよ、かなり苦くしたんだから。・・・ヨアヒム、寝たふりはもういい」 言葉に反応して寝ていたはずのヨアヒムがもぞもぞと動き出す。ややばつが悪そうな所を見ると起きだすタイミングを見逃していたらしい。 「・・・おはよう」 「はよ」 「おはようございます」 「先生からだは?」 「かなりいいです。でも、ヨアヒム」 口を開きかけた所で、その先の言葉に気付いたオルゴットが凄まじい形相をした。 ヨアヒムからは見えない位置で、まだ言わせたいのかといわんばかりである。 「・・・そ、の・・・ありがとう」 「・・・!うんっ」 まるで光が差し込んでくるような温かい笑顔だ。満足げにオルゴットが頷き、アリシアはそれまで疲れが嘘のように消し飛ぶのを感じた。 左手がぎゅっとシーツをつかみ、しわを作る。微かに震え、怯えるように。 閉じられた目蓋の端から、涙が一滴、白い頬を滑り落ちた。 「二人とも」 「う?」 「はい」 次に目をあけたとき。 そこにあったのは決意を秘めた凛とした表情だった。 「二人とも、どうして外にいるの?」 「先輩」 色とりどりの果物を抱えたネリィが保健室に来訪すると、妙な光景をみつけた。 「中に誰か来てるの?」 アリシアを看ているはずのヨアヒムとオルゴットが廊下で座っていたのである。アリシアの容態を心配し、入ろうとすると少年二人が留めた。 「だめ」 「ヨアヒム君」 いつになく必死なその様子に首を傾げる。助け舟を出したのはオルゴットだった。 「その。…先生が1人にして欲しいって」 ほら、色々あったじゃないと告げると困ったようではあったが、やがて納得する。 「これ食べてもらおうと思ったんだけど」 「代わりにやっておくよ。先輩まだ忙しいでしょ」 「そうなんだけど・・・。お願いしていいかな」 「任せてよ。みんなにも先生がしばらく1人になりたがってるって伝えてくれないかな」 「そうね。いろいろあったみたいだし・・・わかった、伝えておくね」 気遣わしげに扉をみつめていたが、慌しくネリィは去っていく。 その姿が完全に見えなくなってからどちらからともなく壁に寄りかかり、大きく息を吐いた。 「・・・きたのが」 「ネリィ先輩でよかった・・・」 ネリィならば頼まなくても色々と気遣ってジーンたちに言い含めてくれるだろう。これがルーカスあたりだったら保健室に誰もいないことがばれていたかもしれない。 「ここでよかったの?」 「ばーか。中だと先輩達でもすぐ気付くだろ」 「あ、そっか」 「そんなに長くもたないぞ」 「だね。・・・オルはよかったの?」 「それはこっちの台詞なんだけどな。お前こそいいと思ってるわけ、先生出しちゃって」 「んー・・・」 ―――――少しの間出ることを見逃してください。 はじめは何の冗談かと思った。 が、この人は本気だったらしい。 もちろん猛反対した。見かけは大方綺麗になったが、内部は完治には程遠かったのだ。おまけに左目だって動けば再び出血するかもしれない。 それでもどうしても折れない。 何かを決定してしまったアリシアと押し問答を繰り返し。どこに行くのかと聞いても教えてくれない。それならせめて自分達がついていく。それもだめ。・・・そんなの許せるわけがない。 「約束」 「ヨアヒム?」 「約束。絶対戻ってくるって誓ってくれるなら、いいよ」 「おい」 「先生決めたみたいだから、行かせて上げた方がいいよ。オルならわかるよね?」 親友を見つめる瞳の深遠には言葉少ないながらも深い知性の輝きがあった。そうしてようやくオルゴットも折れたのである。 「アリシア先生。戻ってくるって約束、できる?」 「――約束します」 「うん。じゃあ・・・行ってらっしゃい」 大急ぎで服を着替え、アリシアは刀を取ると、なんら迷うことなくことなく2階の窓から飛び降り出て行ったのである。これには少年達が驚いた。 「待つか」 「そうだね」 みずみずしい果物をしゃくしゃくと齧りながら。 共犯者になった二人は顔を見合わせた。 |