翌日。
クレスウェル教師が病気のため自宅療養になるとカール総長経由で連絡が入り。

行方不明、おそらく死亡だとジーンが連絡を受けたのはさらにその翌日だった。

「なに、これ」

ルーカスはハーウェイたちがここに入るのを許さず、それをどうしても聞かなかったがために1人だけという条件でジーンが入ったのだ。

アリシアの部屋で呆然と佇む。
それも仕方がない。

鉄の匂いと、切り裂かれた家具や壁。生々しい破壊跡。
なにより。

あちこちに飛び散った、おびただしい量の血と、ぽつんと落ちている、

髪の毛と同じ色。

それと、つい数日前に当たり前に見ている。

細い肉がこびりついた、丸々とした赤銅色の瞳をもつ目玉がひとつ。

それだけが、血溜まりに埋もれてぽつんと在った。






**************



「生きてるよ」

ジーンを落ち着けるために一度学園に近いヴェンダー宅へ向かい、落ち着く空間になっている応接間でのルーカスの第一声はそれだった。

今この場にいる人間は執行部のハイクラスメンバーとルーカス、ジラ、ゲーツェになる。
ヨアヒムとオルゴットにはあまり聞かせたくないとの配慮で自宅で待機となっていた。

ジーンがのろのろと顔を上げる。彼女の隣には今、祖父とネリィがついている。

「そう仰るからにはなにか根拠が?」

いつものふわりとした微笑みに、どこか哀愁を感じさせてイルニアが尋ねた。

「その1、彼女が最近になっていつも持ち歩いていた剣がなかった。その2、壁と窓、壊れてたからなあ。案外飛んで逃げたかもしれない。その3、これが一番重要だな。死んだのなら、遺体はどこへいった?」

「その3つ目は俺も気になったけどよ。魔法を使えないのに飛んだってか?おっさん、そりゃいくらなんでも無理あるぜ。相当血を流したみたいなんだろ、それで3階から飛び降りるって、いくら下になんかクッションが引いてあっても骨が逝くだろ」

あんなものを見たばかりで、酷なことを聞くことを悪いとは思ったが。
ルーカスは迷わず尋ねた。

「ジーン、どう思った」
「どう、とは・・・」
「中の様子。・・・あのな、今はそれ忘れろ。壁や天井を思い出せ」

壁や天井。
覚えているのは飛び散った血痕もそうだが・・・ああそうだ。

「なにか、鋭いもので一気に斬れたみたいな・・・。あんなにきれいに切れるものですか?」

「術でも使ってみないとあそこまで粉々には無理だろうな。今は白獅子が調べてるが・・・魔法は使われてない。何よりあの付近一帯の精霊の集まりに変化がなさすぎる」

普通、攻撃魔法とは付近の精霊力を身に貯め、それを自身が得意の属性に流動して発動するものである。
自然、魔法を使うとなるとしばらくはそのあたりは精霊の量が減っていたり、減っている部分を補うためにやたら集まっているものなのだが・・・それがない。

「ちょっと待った。ルーカス、なんでそこに白獅子がでてくるわけ?」
じろりと腫れた目で彼を睨んだのはジラである。

執行部面々が集まると聞いてすっ飛んできたのだ。

白獅子。それは女王直下の精鋭の武官達だ。現在の筆頭は女王の夫タルヴィスになる。

ジラの疑問はもっともで、この事件はおかしい。おかしすぎるところがありすぎてどこから手をつければいいのかわからない事態である。

だが。だからといって自治団や役人を差し置いて騎士等が出てくるのか。

「それもおいおい話すさ。まずはジーンをどうにかしておこう。話を戻すぞ――それで、だ。思うんだが、あの部屋の傷。犯人と、先生がやりあった結果だとは思わないか?」

この発言に驚かなかったのは双子だけである。

「で、でもあの部屋にはっ」

「目玉一つ抉り取ったぐらいじゃ死にはしないよ。・・・痛みで死ぬこともあるっちゃあるがな」

それを見てショックの只中にある人に対してデリカシーのない発言である。
固まった室内の空気に気付かないのか、あるいは気付いていて続けているのか、おそらく後者だった。

「で、あの血液の量だと・・・二人分ぐらいだとしたら納得いくんだ。犯人と先生で。部屋のアレとかはさっぱりわからんが」

「じゃ、じゃあ!先生は何処にっ!」

「捕まってるか逃げてるか」

それしかないだろうとスッパリ言い切った。
どこかで死んでいるというのはナシだ。考慮になど入れてやらない。

「捕まってる、って」

それはもう、としたり顔で頷いた。

「カール親子あたりだろう。メッセージがあるんだから」

おそるおそるポケットに手を差し入れる。

そこから出てきたのはくしゃくしゃになってしまった用紙だ。広げてみれば端に走り書きがある。

『カレラス、女王の身に危険』

ノーマに事情を聞いた限り、メモを残すのも精一杯だったのだろう。アリシアの様子はおかしかったと言っていたし、ジラは総長らに呼び出されたことを知っていた。

その2日後にこれである。
関連がないというほうがおかしい。

「アリィちゃん、何か知ったのね」

アリシアが学園を去る直前か直後かに取り乱しながらも彼女を探していたのはジラだ。
体調不良で自宅療養だと聞いたとき、カレラスの元へに真っ先に殴り込みに行った。

「そうだろうな。それで反対したかなんかだろう。で、引っ込めと言われた。事実上首だったんだろうな」

「・・・。アンタ、ちょっと言葉を選びなさい」
悪いね、と悪びれもなく言ってのけて話を続ける。

「本人が脅されてるみたいなこと言ってたからな。それでも反対したってことはよほどのことだと思うよ。俺は」

「脅されて?」

そこは初耳である。

「ま、酒の席だったから本当かどうかはさておいて」

「アンタ、やな性格」

「生徒らがまっすぐだからな。これぐらいでいいんだよ」

「自分で言わないで頂戴」

「はいはい。ゲーツェ総長、一応確認させてもらいますが。今から話す内容は憶測です。議会でも立場があるあなたが不用意な一言を言ってしまうと大変なことになる。他言無用でお願いしますよ」

「僕だってそれぐらい理解してるのだけどね。レティにも言われるんだよ。・・・どうしてみんな、いちいち念押しをしてくるんだい?信用ないかな」

心底わからないといった風だ。
知っているものは少ないがこの老人、公私の使い分けが大きく、落差が非常に激しい。

大人が深いため息をついた。

「自覚がないってのが」

「・・・一番やっかいなんだよなぁ」

コーヒーを啜り、喉を潤すと姿勢を正した。

「まず何から言うべきか悩むが・・・白獅子が動き出したのは。今回のアリシア・クレスウェル襲撃事件が最近巷を騒がせている殺人犯と同一人物じゃないかと、お上は睨んでて」

「な」

「もしそうだとするなら狙われて唯一生き残ってる人物だし、生きてるのだとしたら、犯人を知りたかったりするんだよな。この件、異常なぐらい証拠がこれっぽっちもないらしい。そして俺たちは俺たちで、無事でいてほしいと思ってるだろう?」

「ちょ、ちょっと待ってください!それ、それってもしかして・・・」

ネリィの言わんとすることがわかったのか。彼女が口にするより早く。

「最近になって犯人とカレラスあたりが繋がってるんじゃないかって線がでてきた。そんな時に自宅療養になって都合よく、すぐに通り魔に教われましたーってのは無理があるだろう?ありすぎだよ」

線が出てきたというより、以前の襲撃事件より思い当たることがあったルーカスが連絡を入れ、探ってみろと茶々を入れたのだが。

果たしてそれは大当たり。あの奇妙な御仁はカレラスの屋敷に滞在しているという。容姿、服装共に特徴的だったのが幸いして探しやすかった。

「なんだけどな。さっきも言ったが物理的な証拠がでない、証拠が。相手は要人の一味だし、今回もやっぱりと思っていたら遺体がない。白獅子としても生きているなら聞きたいことがあるわけだ」

まあ、もう1つ騎士長殿が気に病んでる理由があるわけなのだが。

「ルーカス先生。アリシア先生は生きているとお考えですか?」

「多分」

断言はしない。
だがイルニアには充分だったのだろう。ゆっくりと金茶の頭を縦に振った。

「ではわたくしも出来うる限り探してみましょう」
約束がありますし、と小さくつぶやいた。

「いや、探索なら」

もう手段が、そういいかけたときだ。奥から侍女が控えめにノックをし、ルーカスあてになんと、騎士長タルヴィスから連絡が来ていると言うのだ。

奥に引っ込んだのを見届けてから、見計らったかのように残った若者達がひそひそと会話をはじめる。

「なー、さっきから思ってたけどよ。なんでおっさん白獅子とか有名人と知り合いなんだ」

「わたくしに聞かれても・・・。ジーン、あなたなにか知っていて?」

「知らないわ。おじい様も教えてくれないし」

恨みがましそうな視線を向けられた祖父は、口笛を吹いていた。白々しいにもほどがある。

「秘密が多いのよね。学校もよく休みになることが多いのに怒られないし。・・・ジラ先生」

「秘密」

「ええー」

真実を知っている人が揃って拒否すると一同から不満の声が上がったが、卓に置かれていたマドレーヌをつまんでいたネヴィルがぼそりと言った。

「友人」

「え?」

「友人らしい」

少年少女の間に奇妙な沈黙が走る。ネヴィル以外の未成年たちは顔を見合わせた。

「ネヴィル、なぜあなたがそんなこと知ってるの」

「聞いたから。ジーン、そのくらいで嫉妬はみぐるしい」

「嫉妬じゃない」

顔を真っ赤にしてそんな反応をすれば一目瞭然であるが。

祖父は嗚呼、あんなののどこがいいんだいとはらはら涙を流して嘆いていると他人の分のマドレーヌに手を伸ばすネヴィル。

騒がしいいつもの空気に戻りかけたとき、ルーカスが戻ってきた。心なしか顔色が悪い。
何事か。まさかと全員が顔色を変える。

「ありえん」

近くにあったカップの珈琲をあおる。それはゲーツェのものだったのだが老人は顔をぽっと赤らめた。ハーウェイがその様子を目撃していたが、何も見なかったことにするという懸命な判断を下した。

「ル、ルーカス?」

おそるおそる、ジラが声をかける。

「目がな・・・。なんだ、白獅子が探索に使おうとした先生の目なんだが」

使おうとしたらしい。
確かに失せ物さがしに本人の一部を使うと言うのは魔法学の基本である。

「消えた」

「?」

その場の全員が―ネヴィルさえも―不思議そうに固まった。

喋っているルーカスさえも信じられない様子らしかった。
飄々とした態度を好み、感情を露骨にさらけ出すのを避けるルーカスが、あからさまに心中を吐露することも珍しい。

「消えた。跡形も残らないで塵になって空中にとけた、だと」

再び一同を覆ったのは不気味な沈黙である。

「ルーカス。探索を恐れて処分しようとした・・・という線はないかな?」

「どうでしょう・・・そんな呪いか何かあったか?ハーウェイ」

「俺?」

「俺や総長が知ってる限りじゃないからな。お前ならわかりそうだろう?」

そのような関連となれば意外ではあるがハーウェイの管轄である。

天井を見つめて考え込む。
いつもそんな真面目な顔をしてればまだ見れたものなのにね、とはジーン弁だ。

誰も否定しなかった事実を青年は知らない。

「塵、塵か。どんな風に消えたって?」

「紙を燃やしたような黒い感じになって、ぱらっと溶けたようだったらしい」

「ねぇなあ。・・・・・・・・・。いや、まてよ。おっさん、なんだっけアレ。原版が200だか300年前に大図書館から行方不明になったってやつ」

「ダイダロスの四片か?」

「そう、それだ。灰だか塵だかで消えたんだろ?呪いって線でいくなら、存在が許されなくなるってカタチだ。相当悪質な種類でしかねえよ。・・・あとはジュ・イ=ゼルダの記祭書だな。どっちも似たような記述を見かけたことはあったけど・・・」

「両方とも年代物だな」

「そうそう。それ以上は覚えてねえ上に複製版も未完成だ。それもガキの頃に盗み見したあとは危険視されちまって場所もわからない封印室にサヨナラしてる」

ぽりぽりと頭をかく。

「・・・でもやっぱ違う気するけどな。どっちも古代都市時代のもんだしなくなってる技術だから。っつーか呪いなのかもわかんねーし、今考えてもしょうがなくねえか」

確かにハーウェイの言う通りだ。
気を取り直して現実的な問題から取り掛かるしかない。

「おじい様。気になったのですけど・・・先生のこと、学園には・・・」

「なにも言ってないよ。戻ってきたときに困るだろう、。白獅子も公に動いてないのだよね」

ルーカスに頷き返されると孫を元気付けようと笑って返した。

「なら僕も手を回して内密に事を進めるようにしておくよ。少しは噂になるだろうが。何、先生自身が元気で戻ってきたのなら大丈夫だろう」


「それじゃ・・・あとは探索ですか。その、消えたそれは置いといて。他のものは使えませんか?」

思い入れがあるものなら少しは探し人との繋がりを見出せる。

「そっちは白獅子が探してる。やるとしたらお前さん達の権力とコネを使って街中を探すことだな」

「当たってますけど、生々しい言い方ですわねえ・・・。失礼します」

イルニアが席をはずす。おそらく自分の家に連絡を入れにいったのだろう。

続いて今は休めとの指示で、ジーンが下がり、付き添いでネリィが退室する。ジラも別件の仕事があると引き上げた。残ったのは男3人だ。

「ルーカス」

「なんでしょうか総長」

「ルーカス、僕は君を信用している」

先ほどとは違う、それ相応の年月を重ねた落ち着きのある人の雰囲気だ。

「だから話してくれないか。あの子達にわざわざ話した理由と。君が懸念していることを」

彼との付き合いはそれなりに長いつもりがある。
だからゲーツェは今のうちに尋ねた。ルーカスもそれはわかっていたらしい。

肩をすくめ、ちらりとネヴィルを見る。はずしてくれないか、との合図だったのだが逆に彼はどっしりとソファに構え、さあ話せといわんばかりに待っている。

「お前ならやたらと話さんだろうしな。・・・話したのはあれですよ。今回の事件の発生が2年前と似た部分があったからです」

「あれかね」

ゲーツェが顔をしかめる。ネヴィルは特に変化が見られなかったがあまり良い思い出でないのは確かなことだ。

「事実ジラが騒いだおかげでジーンやイルニアが思い返してる。あのとき何もできなかったという罪悪感があるんでしょう。だからですね。下手に騒がれるのはかえって邪魔だと思いまして」

手綱を握っておこうということか。
内心ため息をつく。昔に比べて丸くなったとはいえ、やはり変わらない所もある。

「あともう1つは・・・怒らないでくださいよ?先生自身が連中と結託してるってことです。・・・そう怖い顔しないでくださいよ。あくまで可能性です。ありえないことじゃないでしょう」

ルーカスの心配は確かに否定はできない。
だが、やはり。

「寂しいな」

仲良くなった人に対して、そういう考えを持たなきゃいけないのは寂しいと、ネヴィルはそういった。
ルーカスは否定も肯定もしない。

「性格なんでね。そういった部分はお前に任せるよ」

「そうさせてもらう」

頷くとそれきり黙った。他の2人も同様に会話をやめる。連絡を取りに戻ったイルニアが戻ってきてもいい頃合だったからだ。

―――『カレラス、女王の身に危険』

文字通り捉えるとしたら、相当良くない事態である。

カレラスである。総長のカールではなく、あえて彼を名指しで指定している。

まず脅迫を受けている。それと彼女を信頼するということを前提に考えてみると知ってしまった事実とは、例えそれがバラされてしまってもはいとは言えない事だったのだろう。

カレラスはカールの晩年に出来た子供である。

正妻ではなく愛人の子供で、身分は低かったが目をかけられ、本人もそれに答えるかのように実績を上げてきている。

カールの跡継ぎは正妻の子である兄といわれていたのを実力でもぎ取ったのだから、才能は疑いようがないだろう。
兼任して貿易の方の仕事もついているがこちらもなかなか優秀だ。

比較的国の現状派に好意的な人物だという評価だが、これはないなと切り捨てる。
どうにも狐が皮を被っているようで好きになれない。

(近々でかい催しがあるとしたら・・・あれだよな)

対策を練らないといけないらしい。


一通り考え終わると、今度はいなくなった人物に対し不満が出てきた。
・・・誰かに保護を求めればいいものを。

捕まってる、とはルーカス自身が言ったことだが実は言った本人が一番ありえないと思っている。わざわざ捕らえて生かしておく理由が見当たらない。

子供らには話さなかったが、死体を処分しどこかに埋めたという線もあった。が、あの襲撃を受けた日を思い返せば生きている可能性のほうが十分高い。

行方が知れない人物に向かって、愚痴と、身を案じている生徒のために無事でいてほしいと願いを込めた。




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